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好きでニートなわけじゃないよ。

立ち上がらなきゃいけないのはわかってる。けど・・・

意志を現実にするために必要なこと、サンカルパとは成功する姿を想像すること。

寝る前にサンカルパを唱えている。最初はしっくりくる単語が思いつかなかったが、

いつの間にか立ち直りたい。という言葉になった。

しかし、心にふとした疑問がわく。

 

ぼくは立ち直りたいのだろうか?根本的なことを自問してみる。

 

立ち上がらねばならない。とか働かねばならない。というのは、

 

世間体を気にしての思い込みではないのか?

 

「ならない」というのは、他人に強制された言葉で

 

ぼく自身の心はどう思っているのだろう?

 

このまま家に引きこもって、絵を描いていられればこれほど楽なことはない

 

だけど、生活費をを親の金を借りている現状は嫌だ。

 

それに行きたいところもあるし、欲しい物もある。それは自分の金で買いたい。

 

そう考えたら、ぼくは働きたいのだ。でも、働いて他人と接するのは嫌だ。

 

働くというのは他人と接するということ。

 

正確には他人と仕事して怒られるのが嫌なんだ。子供みたいだが。

しかし、思い直してみれば、僕にも問題があったのは確かだ。

僕は仕事を覚えられないんじゃない。覚えようとしなかった。

それがポジティブな意味に取れる。本気を出せば、やれるのだ。と

 

ぼくは立ち直りたいか?。心は言っている。立ち上がりたい。

 

そのきっかけをいつまでも、外界の誰かに求めていた。

答えは自分の中にしかないのに。

ぼくは立ち直りたい。立ち上がりたい。

 

社会に復帰したいのだ。それがぼくの意志だ。

しかし意志だけでは足りない。それを現実にするには想像、映像にしなければ。

自転車を買い換えた。それだけの話。

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久しぶりに自転車に乗ろうと思ったら、前輪から異音がする。

 

タイヤに空気を入れてみたが治らずらない。

 

これはタイヤのゴムがダメなパターンか?

 

以前にもこういうことがあって、その時は5000円くらい掛ったのだ。

いっそ新品を買った方が安いかもしれない。

 

スーパーの自転車屋まで引いていくと

店員から、「これは修理できませんね〜」の一言。

 

どうやら、ハンドルの芯がいかれているらしく、

 

修理してまた壊れても、責任が取れないというのだ。

 

なので、もと来た道を壊れたチャリを引きずりながら戻る。

 

骨折り損とはこのことである。

店員の態度がムカついたので、新品は別の店で買うことにした。

 

後日、別の自転車屋で新品を購入、古い自転車を処分してくれるということなので、

みたび、引きずって持っていくことに。

 

 

自転車屋までの道中、ボロボロの車体を見て思う。

せめて、持っていく前に掃除くらいしてやればよかったな。

 

引きずっている時のギー、ギーという音も、どこか悲鳴を聞いているような気がする

 

なぜかドナドナが頭の中で流れる。

 

こいつも、この後工場でぺしゃんこにされてしまうのか・・・

 

5年乗っていた自転車、その期間が長いか短いかはわからない。

 

心がもの寂しい気分になる。なぜか、トイストーリー2でおもちゃが捨てられるシーン

を思い出した。

 

物にも心があるわけもない。しかし、こんな別れ方でいいのだろうか?

 

いいや、別れ際だけカッコよく飾り立てる方がよくないだ。と自分に言い聞かせる。

 

だが、自転車屋に引き渡した際、ポツリと

 

「ありがとう」

 

という言葉が口から漏れた。

 

今更感謝などしても遅すぎるのに

 

 

季節にも匂いがあるんだ。嗅ぐほうじゃなくて。

天気にも匂いがあるんだ。大人, 美しさ, 顔, 女性, 花, 新鮮な, 女の子, 分離, 鼻, 人

匂いっていっても、例えば、肉の匂いとか、香水の匂いみたいなものとは違う。

 

嗅ぐ匂いじゃなくて、雰囲気みたいなものかな。

 

雨からは冷たい匂いがする。

 

そしてそれは雨水が染み込む道路、それが何でできているかでも違う。

 

それがアスファルトの道路に当たると、

 

湿った匂いがする。冬はあまりいい匂いじゃなけど,

 

少し暖かい日、特に夏6月あたりの匂いはとてもいい匂いがする。

 

太陽の光にも匂いがある。気温が下がっていくほど、

 

その光は硬くて冷たい匂いがする。

でも、春が近づいてきて、暖かくなっていくと、それが柔らかくなっていく。

 

気温が暖かくなれば、気分が弾む。しかし、待っているのは

 

花粉症という悪夢

だけどね。

 

不満があるのは悪ではない。それを悪だと思うからストレスになる。

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瞑想中はいろんな考えが頭の中で回っている。瞑想は無になる行為だそうだが、

 

考えることを取り除こうとしないことが重要なのだそうだ。

 

考えないのではなく、考えるのを仕方ないと思うこと。

 

動かないのではなく、動きたいのは仕方ないと思うこと。

 

かゆいのは仕方ない。ぼくは乾燥肌だからね。

 

いつ終わりがくるのか気になるのも仕方ない。瞑想は退屈だからね。

 

働かないといけないと考えてしまうのは仕方ない。働かないと生きていけないからね。

 

でも、働いてまた切れ出すのは嫌だ。でも、働くというのはストレスがたまる。

 

ぼくはこれまで、仕事に不満があるのは、いけないことだと思っていた。

 

上司の愚痴を漏らしたり、誰かの悪口をいったりするのはいけないことだ。

 

それが社会の常識だと。

 

不満を覚えてしまうのは悪なのだと

 

それを考えないようにしようとした。でも

 

そうしたら、脳はどんどん反抗してくる。

 

考えないようにするたび、逆にストレスが溜まっていった。

 

そして、瞑想していたら、こんな考えが浮かんだ。

 

上司にに嫌味を言われるのは仕方ない。

 

なぜなら上司だって結局、誰かに嫌味を言われているのだ。

 

ぼくが接している人間なんて全員下っ端だ。もちろんぼく自身も。

 

仕事に不満があるのは仕方ない。

 

落語に出てきた江戸時代の船頭ですら、

 

雪がふる川ですれ違った船が芸者遊びをしているのを見て、

 

自分との格差を嘆いたりするんだ。

 

ジョンマクレーンに至っては、仕事の愚痴を言うのが魅力になっている。

 

そう、不満を漏らすのは人間だからだ。

 

それが人情、人間の深みだ。

 

 

 

ぼくは今まで、完璧な人間になろうとしていた。でもそれではロボットと同じだ。

 

そう、不満があるのは仕方ないのだ。みんな不満を抱えている。

 

それを考えないようにすることこそが、悪だ。

 

そう、不満があるのは、悪ではない、

考えないようにするから、ストレスになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

人の手は何かを破壊することができる。同じ手で何かを作ることができる。ぼくが望むのはどっちだろう?

人の手は創造の象徴

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なぜか、手の絵ばかり描いている。ぼくが下手くそなのもあるけど、

 

何度書き直しても人間の手にならない。それが悔しくて、試行錯誤している。

 

ただ、難しいものが、うまく描けたな。って時はすごく嬉しい。

 

所詮自己満足なのだから、はたから見れば下手くそなのは変わらないが。

 

それに、うまく描けないだけじゃなく、ぼくは人間の手が好きなんだと思う。

 

理由はうまく言えないけど。

 

人間の手は創造と破壊の象徴だと、本で見たたことがある。

 

例えば他人を殴る。首を絞める。他人をナイフで刺す。ネットのコメ欄に誹謗中傷を

 

書き込んんで、他人を貶す。傷つける。人の手は何かを破壊する。

 

同じ手で人は他人と手をつなぐことができる。

 

子供の頭を撫でることができる。ブログを描くことができる。絵を描くことができる。

 

ぼくはそれで、誰にも相手にされない自身を救う方法を作り出そうとしている。

 

創造も破壊も同じ手がなすことだ。そこにぼくは神秘を感じているのかもしれない。

 

 

ぼくは働きたくないのか?働いて自分の時間がなくなるのが嫌なのか?

 

本屋の芸術特集コーナー。たくさんのプロのイラストレーターや芸術家の人たちの

 

書いた絵が画集になって並んでいる。

 

どれも、とても上手い。この人たちと比べたら、ぼくが描いた絵なんで、

くそである。家に帰って、自分の絵を破り捨てようと思ったが、

紙で手を切ったので途中でやめた。

 

自分が描いた絵が一冊の本になって、それを買いたいと思う人がいるというのは、

すごいことだ。

 

そんな人たちと自分を比べるのもおこがましい、が、

やはり、ぼくは芸術家にはなれない、ということを痛感した。

 

こういう人たちは、子供の頃から、自分の目標をもっていて、

そのために一生懸命に努力し、しかるべき学校でしかるべき勉強をしてきた

 

それにたいして、ぼくが絵を買いている理由は、働きたくないから。

ただの怠惰の言い訳である。

 

そもそも、芸術家になんてなれるといつから錯覚していたんだろう?

 

愛染の斬魄刀を見た覚えはないのだが・・・・

 

 

何をしていても、お腹が空く。そして絵ではお腹はふくれない。

そして、絵を描くペンも食べ物を買うにもお金が入る。

 

お金は働かないと稼げない。

 

でも、働いたら、ぼくはまた、疲れて、

 

イライラして、癇癪を起こす毎日に戻っていくんだろう。

 

そうなったら、今度こそぼくは人を殺しかねない。

それとも、それが、ぼくの運命なのだろうか?

 

なぜイライラするのだろう?きっと、自分のことに時間を使えないから。

まぁ生きていくというのはそれが普通なんだろうが。

 

ぼくの未来は創造と破壊のどちらなのだろう?

 

誰だってイライラしながら生きていたくなんかない。でも現実がそれを許さない。

今日は画材屋へ行った。自分には永遠に縁がない店だと思っていたけど、

 

頻繁に入り浸っている。それだけでも人生はわからないものだ。

 

鉛筆だけでもたくさんの種類がある。それを見ているだけでも、楽しい。

 

ぼくは道具が好きなんだな。

ホームセンターとかいくと、スパナとか見てるだけでテンションが上がる。

 

全く使えないくせにね。

 

本当は良くないことだ、金で買えるもので心を満たしているわけだから

 

 

 

図書館にいってデッサンの基本の本を借りてきた。

 

自分で悩みながらやっていたけど、それもそろそろ限界だ。

 

本当はこれも良くないことなんだろう。

 

攻略本を見ながらゲームしているようなものだから。

 

そもそも働きもしないで絵を書いていること、自体あってはならないことだ

 

こんなことしていて楽しいといっても、すぐに現実が襲ってくる。

 

家から出なくても、金は必要だ。

 

税金をはらわなきゃならないし、

 

それも真面目に払っていたからといって、老後の年金をもらえる保証もない。

 

受給年齢が引き上げられて、もらえる頃には死んでいる。

 

結局払い損なんていうニュースもある。

 

そんなんだとギャフンときちゃうよね。

 

真面目に生きてるのに、バカを見る。ただ辛くなっていくばかり、それが現実。

 

だからみんな暗い顔で生きている。

 

誰だって、楽しく生きていたいんだ。

 

好きなことだけして生きていたい。

 

イライラして生きていたくないんかない。

 

でも、そんなことは不可能だ。

 

すぐに現実に引き戻される。

 

お前がいるところは地獄だ。

 

生きている価値はないと。

 

ぼくらがいる現実の世界は、ぼくらが楽しく生きていくのを許さない。

落語聞いてみた。タイトル もう半分

 

[今日聞いたお話]

昨日の古今亭志ん朝氏のシリーズ。今日聞いた話はタイトル、もう半分。

 

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