キリギリスはなぜ死んだ?

誰の目にも止まらない人々の、言葉に出来ない魂の叫びを綴るブログ。

自分から逃げるな。今度こそ向き合うんだ。どれだけ苦痛であっても。

チェスター・ベニントン後追い自殺をする人がいるそうだ。

無理もない事だと思う。それくらい彼の死は僕らに衝撃と喪失感を与えた。

HIDEが亡くなったとき、やはりファンがあの世まで追いかけていく事件が

話題になったそうだ。

それを考えれば、何の不思議もない。

「それぐらいの事で、なんて大げさな」と思う人は多い。

実際、社会全般の認識なんてそんなものだろう。

もちろん、「この一件だけ」なら持ちこたえられるかもしれない。

しかし、それまでにあった出来事。踏んだり蹴ったりの人生の中で

「それだけ」もつもり積もれば、抱えきれないと嘆いている人にとって

最後のとどめになる。

 

特に、もうダメだ。という崖っぷちでなんとかこらえている人のとって

今回の出来事は、10トラックが追突してくるレベルであり

落ちてもしょうがない。といえばしょうがないような気がする。

なぜ、そこまでのダメージになるのか?

それは、彼らが常に僕らと同じ目線だったからだと僕は勝手に断定する。

リンキンパーク。というかチェスターベニントンは、いつか良くなる。とか

人生は素晴らしい、といったおざなりな希望を歌う事はなかった。

ただひたすらに、「辛い」と

振り絞るように、「苦しい」と叫び続けた。

その姿は美辞麗句を並びたてたJPOPよりもはるかに

勇気を当たえていて。

なぜか、応援されているような気がした。

高橋優氏は

セックス・ピストルズが愛を歌わなかった。

だけど愛を歌っているような気がした。」

 

 

と歌っていたが、その感覚に近い。

リンキンパークは夢や希望を歌わなかったけど

それを掴もうとしていた。なんとか作り出そうとしている

ような気がした。けっして気休めではなく

自分自身の嫌なものを必死で振り切ろうとしていた。

 

そのチェスターが諦めてしまった。

自殺。選択肢としてタブーと呼ばれているが

僕はこの行動をとってしまった人たちを責めたくはない。

少なくとも社会一般の人々のように

忍耐がない。とか、根性がないとかいった

精神論を唱えるのは、間違いだ。と思う。

少し横道にそれるが、この社会にはなぜこんなに

「精神論」を唱える人が多いのだろう?

やればできる。とか、意志がないからだ。

とか。

恐らく、日本人というのは、できない。という事を認めるのが怖いのだろう。

それは自分の能力が劣っていると認める事になる。

何より、現在に不満があっても、それを変える方法が思いつかない。

何か行動を起こしても何も変わらない。

自分も嫌だが、耐えている。なのに、お前が文句をいうな。

結局、現実逃避ではないか。

 

今度こそ、自分と向き合うんだ。

 

 
絶望のどん底に突き落とされたら,寒気や喪失感を覚えるだろう?
今まで,望みをかけても,結局最後は裏切られてばかりだったけど,
今度こそ,その悲しみや怒りにきちんと向き合って
ひとつずつ乗り越えるんだ

乗り越えて
忘れるんだ
そのまま
終わらせるんだ

 linkin park -iridescent

 和訳引用ーおよげ!対訳くん

oyogetaiyakukun.blogspot.com

本当はCDやyoutubeの公式動画に和訳された物があるのだが

どうもしっくりこなかったのでこちらのサイトを引用してしまった。

そうだ。今度こそ向き合うんだ。

それが、どれだけくだらない自分であったとしても。

僕の悲鳴なんて誰が聞いてる?

このブログはほぼ愚痴が書いてあり

世間から見れば、ゴミブログである事は言うまでもない。

しかし、僕は自分の苦しみと向き合うために

これを書いている。

人気取りのためじゃない。自分が乗り越えるために。

今度こそ、振り切ってみせる。

今感じている悲しみ、孤独、将来への不安、それと向き合い、忘れるために

書く。

僕は苦しいと言い続ける。自分が苦しんでいる限りは。

僕は、他人の苦痛に、わかる。とは言いたくないのだ。

それは、どこか上から目線のような気がするから。

僕は人生は苦しいと言った後に、「でも」や「だけど」を

つけたくはないのだ。

結局それは、苦んでいる事を否定しているような気がするから。

 

味方になってくれる人も、代わりに叫んでくれる人も、もういない。

 

僕はもう、自分から逃げる事はできないのだから。