キリギリスはなぜ死んだ?

社会に、いらね。と言われた奴の最後のあがき

お客様になる恐怖。神様は暴君じゃない。

名言というのは、伝言ゲームと同じだ。

発した人物から遠ざかっていくうち、言葉も、意味すらも違っていく。

 

「お客様は神様です」発信源である三波春夫氏は

金を払って、自分を見に来てくれる聴衆に感謝を込めて神様という表現を

使ったのであって

「客はクレーマーになっていい」という意味ではないのだそうだ。

 

わからないのは、「神様」というのは、「なにをしてもいい」という意味なのか。

 

「恩」とは、着るものであって、着せるものではない。

 

僕らはそれを履き違えてはいけない。

 

求人雑誌。コンビニで貰うか。駅でとるか。

まるで

「死んだと思われたキャラが実は生きていた演出」のように

復活した太陽のせいで今日はクソ暑かった。

森山直太朗、「夏の終わり」を聞きながら

今年も・・・夏らしい事できなかったなぁ

と感傷に浸っていた僕の心を返してほしい。

 

月曜日。サービス業以外の世間は今日から仕事だ。

僕はじゅん散歩と共に起きる。いつもと同じに。

週の始まりに部屋を掃除する。いつもと同じに。

この後、ワイドショーに一人で文句言ったり、YOUTUBEを見てすごす。

打ち上げ花火。曲はよく聞くけど、映画は観ていない。金をくれ。

あらすじを見ると、繰り返す一日から脱出する系の作品のようだ。

 

もしかしたら、僕は時間をループするSFの主人公かもしれない。

昨日も今日も変化なく過ぎていく。でも、日付だけはしっかりと変わていた。

残念だ。ワンチャンある。と思ったのに。

 

きもい妄想ばかりしてはいられない。月曜日。いつものように

駅に求人雑誌を取りにいった。

ジーザス。今日に限って一冊も残っていない。

落ち着け。フリーペーパーなんてそこらじゅうにある。

近所のコンビニに行こう。一番近いところは、訳あっていけないけど。

 

 

senbeibj59634hu.hatenablog.com

 周囲を確認し、目当てのものをカバンに詰める。

このまま立ち去るのも、気がひける。100円コーヒーを引っ掴み

レジに行くと、ずいぶん混んでいる。この流れは・・・・

 

人混みの隙間から女性が立っているのがわかる。

大丈夫だ。社会の窓は完全に閉ざされている。

まるで中人試験編の砂に閉じこもった我愛羅のように。

 

誤算だったのは、レジにいるのが、僕の好みではなく

いわゆる、ギャル丸出しの女だった事。

 

学生時代だったら僕に、クセェ。とか、キモイ。とか、学校くんな。とか

言ってきたジャンル。過去を思い返すと、怒りがこみ上げてくる。

 

僕は今、客だ。立場がすっかり逆転したな。

ここは、お客様は神様だって事をだな・・・

そう思ったとき、自分も客商売だった事を思い出した。

あの頃はわからない事だらけで、毎日テンパってたな・・・

 

見るからにスクールカーストの高い所にいるこいつと、僕を同類に見る事はできない。

でも、「自分のされて嫌な事はするな」とはよく言ったものだ。

 

僕は、その場を「普通」に流す事にした。

 

16,7の頃はその意味を飲み込めず苦労したけど、今ならわかる。

 

普通、とは「意識しない事」だ。

 

自分をよく見せようともしない。悪意を持って接しようともしない。

かとっていって、他人に興味を持たない。

 

レジ打ちを終え、代金を読み上げられた。僕は、そいつの手に100円玉を渡した。

まさか両手で受け取るとは思わなかった。

あんじょうなるこ理論をうまく応用しているのかもしれない。

 

しかし、ミドリムシ程度の脳みそしかない僕は、「ギャルも頑張ってんるんだな」

と思ってしまった。

 

立場と横暴

 

あくまで、僕の主観であるため、向こうの解釈はわからない。

僕は、典型的な「100円コーヒー買った程度で王様気分の客」に見えたかもしれない。

それも仕方がない。

 

僕は、偽りの安心に浸かりすぎていた。

 

ストレスのない日々に、心がすっかり、「お客様なれ」していた。

 

ただ、今日わかったのは、今まで、なんだこいつ。と思っていた人々

は、他者から押さえつけられた過去を持つ悲しい人種で

ここでしか威張れない存在。

 

それになりかけた自分を反省した一日だった