キリギリスはなぜ死んだ?

誰の目にも止まらない人々の、言葉に出来ない魂の叫びを綴るブログ。

ニートは時の流れから解放された存在。

時間が止まればいいのに。

まるで付き合いたてのバカップルのような願望。

幸せな時間がずっと続けばいいのに。という意味ではない。

このまますぎていくだけの時間を見て

これ以上悪くならないように。という願いだ。

 

9月も半ばを過ぎて涼しくなってきた。秋になり、そして冬がやってくる。

寒くなる。

今は外に出て、ニートの自分を紛らわせているけど

そのごまかしも通じなくなる。

もうすぐ10月だなんて信じたくない。年をとると年月を早く感じるというけど

まさかここまでとは。

 

春の桜も夏の海開きも、なんの感動もない。

ただ消費するだけの日々。やりたい事をやってると言っても

生産性はない。働かない言い訳。

何度か、社会に戻ろうとした時期もあったけど、

最近は諦めている。もういいか。

ニートは慣れてしまうと癖になる。

 そんな怠惰、許されるわけもない。

 

傘が壊れた。パンツが破けた。

働いていた時は、新しいのを買えば済む事だったのに

今はそんな金もない。

 

働かなければ、金を稼がなければ。

欲しいものを買うとかじゃない。

 

電気、ガス、水道、食べ物。

生きるために使うものでも金がかかる。

霞食って生きていけたらいいけど、そんな事できはしない。

 

他人と関わらずに生きていけたら、どれだけいいだろう。

でも、他人と関わらなければ、働いて、怒られて、我慢して

嫌な事をこなさなければ、金はもらえない。

金がなければ生きてはいけない。

 

でも、もう、我慢できる気力が僕にはない。

 

泣き言をいうな。という言うけれど、好きでこんな事書いていると

本気で思っているのか?

あんたが金をくれるのなら、それでもいいけど。

 

疲れたよ。疲れた。と言う事すら許してもらえない世界に

この世の全てが僕に、生きるな。と囁いている。

面と向かって言ってるわけじゃない。察しろと促されている。

 腹が立つ。

たとえ死んだとしても、「自己責任だ」と、とぼける奴らが

終わってるとわかってるのに、口に出さない社会が。

不平を漏らせば落伍者の烙印を押されるものね。

まるで、

 

「戦争に負ける」と言えば「非国民」と罵られていた時みたい。

 

 

考えても、考えても、出てくるのは、諦めろ。の一言だけ。

 

何をしていても、なくならない。

 

こんな事している場合じゃないよ。

親がいつまでもいると思うな。

お金もいずれなくなってしまうよ。

ガキみたいなだだコネていられる年齢じゃないだろ。

 

まただ。頭が痛い。針で刺されてるみたい。

窮屈で、何かがパンパンになっている。

拳銃をくれ。この糞袋を吹っ飛ばしてやりたい。

 

こんな事続けられない。続けたいわけじゃないのに。

思い通りにいくとか、いかないとか

考え方の問題とかじゃない。

 

辛い。

 

この社会が辛い。時の流れが辛い。

 

1日、1日、確実に悪く、重くなっていく人生を引きずって

歩く事を止めたい。でも、時間の流れが、僕を急かす。

煽る。そして足がもつれて倒れれば、彼らの薄ら笑いが待っている。

 

はっきりと言ってくれ。

「ここが君の終点だよ」と

それが不可能なら、

ここで僕の時間を止めてくれ。

 

これ以上悪くならないように