キリギリスはなぜ死んだ?

誰の目にも止まらない人々の、言葉に出来ない魂の叫びを綴るブログ。

この世は暮らしにくいごみ捨て場。望まれない奴ほど長生きする。

命の値打ち 

東京。といっても、その土俵際を踏んでいる郊外は夕張市並みのゴーストタウン。

当時はナウいと言われた佇まいの建物も

ナウい。という言葉自体ナウくない現代。

廃墟になるまで目と鼻の先の入居者しかいないアパートに人の気配はない。

外から聞こえるのは鳥や猫の鳴き声。

当たり前だ。常人は皆働きに出ている。

世間の流れから取り残された僕が起きたのは重役出勤並みの時刻。

部屋の壁にかけた時計の音がサラウンドシステムのように響く。

買ってきてからほんの一瞬も休むことなく小さな円の中を回る単純作業を続ける

短針は平日の昼間から家の中でゴミ記事を書いている無職に

時は金なりと説教している気もする。

 カッチ。コッチ。

爆破予告もなく、一秒ずつ破滅に向かっているのだけは

疑う余地もない時限爆弾のカウントを誤魔化したくて

つけたテレビは夕方のニュース。

 道に落ちていたタイヤに乗り上げてしまい、乗っていた車から降りて

歩道に立ち退いていたら、後からやってきたトレーラーがタイヤを踏んで

そのまま横転し、避難していた

親子に突撃。二人とも亡くなった。

 

チャンネルを変えても同じ報道。

これはいつものがくるな。

思った通り。故人の友人に話を聞くパターン。

彼女は将来、教師になりたかったのだそうだ。

明るく前向きで、未来に希望を持った学生の悲劇。

暗く後ろ向きで、目的も生産性もなく

過去の思い出にすがるしかないニートには

なんでお前は生きてるの?という無言の圧力に感じる。

 

数日は騒いだものの、ハロウィン、トランプ来日、そして座間市のサイコ白石。

新しい悲劇が起きればどこかへ消えてしまった。

テレビ局にとってこの事件はナウくなくなってしまったらしい。

  命に旬があるとは初耳だ。

 

僕の命。優遇されたのはいつだったのだろう。

記憶に残らないほど昔、あるいは存在しなかった

 どちらにしても今生きている理由はない。

 

生きているだけで素晴らしい。のなら

生きているだけで金をくれ。

生きているだけで金を欲しがるのは図々しいとでも。

金がなくてどうやって生きていくのか。

 

現実は心すり減らして社会にしがみつき

限界突破してこの世から脱落した人は、かわいそう。

死ぬ前に逃げて、心に傷を抱えている無職は死ねば良い。

敵前逃亡を許さないみたいに

 

なら生きているだけでいいわけない。

生きるべき人とは。

何が、誰が、人の命を値踏みをしているのだろう。

 ニートってなんで死刑にならないの。

目も当てられないほど酷い殺人事件の犯人。その罪の重さを考えれば

極刑は逃れられない。と思いきや医者の見立てで精神に異常があるからセーフ。

殺さないで病院に入れておきます。

僕はやってない。ビリーが出てきたんだ。と言えば罪を免れる

なぜ裁かれない。

犯人は未成年でした。将来立ち直るかもしれないので、保護します。

顔も名前も言いません。

 隣人がもしやそいつだと思うと、不安で夜も眠れねぇ。

正直、さっさと処分してほしい。

 

生き続けるのを望まれない存在。

似ている。ニートに。

昔、ワイドショーで高齢ニートの特集を見たとき

 

月数万の親の年金で暮らしている50代の男性。

幼少期に親との間にトラブルがあったらしく親が子の面倒を見るのは当然。と話す。

母80代。あの後、どうなったのだろう。

別の40代引きこもり。学生時代にいじめにあい、他人とうまく接することができない。

学校を中退し、バイトをやってみたものの

職場の人間は、学校にいるやつらと変わらかった。

現実を理解したその日、彼は自宅の精神と時の部屋の出入り口を封鎖した。

生活ゴミの散らかった部屋。レトロゲームのコントローラーを握りつつ

 俺が悪いんじゃない。社会が悪いんだ。と悪態をつくふくよかな背中を映す

液晶に向かって

こんなやつ死刑にすればいいのに。と呟いた

自分も世間に同じ目で見られるとも知らずに。

 なんで国費を使ってまで、ゴミ処理しなきゃならないの。というあなたの意見は

もっともだけど。

 

最高のリスクマネジメント。生まれない。

社会的地位のある人々は、この社会から弾かれた人間を見下し、あざ笑う。

なぜか。自分がそうなるとは思っていないからだ。

なぜだ。自分が明日殺人犯にならない。という保証も、職を失わないという

自信はどこからやってきた。

 

哲学者。シオランは言う。

 

 

 どんなくそ野郎でも、体の作りはあなたと同じだ。

人は生まれた瞬間から、ニートや殺人犯になる可能性を背負う。

 

首を横にふる人は歴史を振り返っても同じこと言えんの?

 

戦争

 

人間の歩みは殺し合いとともにある。

 

正義、生存圏の防衛の名の下に、どれだけの残虐な行為が行われてきたか。

生きるためには手段を選ばない。人間の本性は

朝方の道端で酔っ払いの吐いたゲロをつつくカラスと一緒。

それを否定するのは偽善だ。

 

現実から目を背けず、まっすぐ真理に向かっていく

勇者のブログ。

 

bonbond.hatenablog.com

 初めて見たときは、ヒザを手で何度も打った。

誰もが社会で生きる資格を失うかもしれない。

ならば、存在しない、させないのが最善策。

はてな危機管理分析室キャップの僕としては

生まれない=究極のリスクマネジメントを提唱したい。

 

 

 

哀れみは誰も救えない

 何ヶ月か前、学生のブラスバンドの発表会で自分のソロパートが終わっても

ドラムを叩き続けた少年が、指導していた音楽家に体罰を受けた。

音楽家は口で何度もやめないか。と言っていたにもかかわらず

 

少年には発達障害があったということだった。

世間では、病気は関係ない。この場合、殴って当たり前。という意見が目立ち

発達障害を擁護する人々の霊圧が消えた。

そもそも、発達障害というのは、常軌を逸した行動にでる子供を指すのではなかったか

かわいそう。というイメージばかり先行して、その中身を

本当に理解している人間はいない。

 

誰でも情報を発信できるようになった時代の悪い部分がでてきている。

 

例えば、某ヨットスクール。行き過ぎた指導で問題になったこの学校。

僕の疑問は、そこに送られた子供が通常の指導でも反省の色が見られなかった奴ら

いじめ自殺の加害者であっても、かわいそう。やりすぎ。と言えるか。

本筋から外れるけど、自分の子供がいじめられているのを心配する親はいても

いじめているのを想像する親の話は聞かないのはなぜだ。

 

思うに、体罰をする人間と、哀れみから人を擁護する人間は、同種の存在だ。

社会的弱者の弱い理由を理解せず、その場で湧き上がった感情で行動し

溜飲を下げる。

この国の人間は横並びが大好きだ。個人のわがままに眉をひそめ

その場全体の釣り合いが先にくる。

それは、職場に不満を訴える会社員より企業の事情の方を優先される現実を見れば

わかるだろう

同時にそれを受け入れられず、取り繕おうとするのも。

不登校の学生に学校に行かなくていい。とその場だけ耳障りのいい言葉をかけ

その先何が起こっても知らぬ。40過ぎて引きこもりになったとしても

それは、お前が自分で考えなかったのが悪いんですぅ〜俺は知りましぇ〜ん。

というまるで少年法を擁護する弁護士のような輩。

死刑囚、ニート、クソガキ。

社会に適応できない者は、社会から疎まれるだけの理由をもっている

この国がいかに偽善に満ちていることか。

 哀れみは人を救えない。

それは、かわいそう。で難民を受け入れ、悲惨な現状にある国を見れば一目瞭然。

ニートとはなにか。

 ここまで何人の読者がついてきてくれたのか。

過半数は序盤の数行でブラウザのバツボタンを押しただろう。

それも仕方ない。人間の本質は暗く、悲しい。

かの哲学者は大衆は哲学を必要としない。なぜなら哲学は、他人にも

本人にも、大衆に望まれる益をもたらさないから。と言っていた。

真実は人を幸せにはできない。

そして真実を追い求める哲学者は、常に孤独だ。

大衆が目を背けた現実に向き合い、己の内面と語り合う。

並みの人間にできることじゃない。

なぜそこまでして。

 

 

本当の正義、真の善とは

よく見られようとする人ではなく、よくあろう。とする人のことをいう。

 

 

美辞麗句を鵜呑みにして得たものは数え切れない侮蔑の目。

 なら 僕は悲しい、辛いと叫び続ける。

毎週取り替えられた求人誌のラックの前に立つたびに

運転中路地から子供が飛び出してきたような感覚になる奴の気持ちを

言葉を味の向こう側にいくほど噛んで説明しても、わかる。と頷くのは

宗教の勧誘ばかり。

 

現実から逃げんな。向き合え。獣はいない。君はのけもの。

それどころか存在自体認められない。いなかったことにされている。

君の見込みよりずっとこの社会は冷淡で冷酷で、悲惨だ。

大衆は否定するけど、否定したい現実を作っているのも、また大衆。

その矛盾に飲まれ、生ける屍とかす犠牲者を気休めでも減らさなければ。

ジャ◯リパークなど目指さなくても、本当の愛はここにある。

 

なぜ働かなければならないのか。なぜ理不尽に耐えなければならないのか。

なぜ生きなければならないのか。

大衆が興味を示さない金にならない事実。それと向き合おうとする姿勢こそ

哲学する人。

 

そう。

 

ニートとは哲学者なのだ。

 この世は夢の島

 神は心の強い人をそばに置きたがる。だから生きることを望まれる人ほど

早死で、魂の弱い人、強がっている人がこの世に残る。

つまりこの世はでっかいゴミ捨て場であり、夢の島でもあるのは

打ち捨てられ、誰にも必要とされなくなった建物のような

ゴミブログを更新ナウしている僕が存命していることで

証明されている

 

子供の頃は楽しみだった誕生日。今は絶望への秒読み

もうケーキを買ってきてくれる人も僕の誕生を喜ぶ人もいない

お土産屋に売っている水をすってでかくなる人形のように

死という言葉が大きくなっていく。

 

僕は死というワードをよく使う。大衆の嘲笑が見える。

 

死と向き合ったことがない奴は真剣に生きていない奴だ。と

いつになったら気づくんだろう。

 

 

この世には死んで当然の人間が存在し

 

誰もが社会で生きる資格を失う可能性を持っている。

  生きればいい。死ねばいい。どちらとも言えない

 この社会は生きるに値しない。生きてやってるんだ。

なら

 

命の値打ちは自分で決めるさ。