キリギリスはなぜ死んだ?

誰の目にも止まらない人々の、言葉に出来ない魂の叫びを綴るブログ。

『自殺』を考える。死にたい気持ちはなぜ否定されるのか?

あなたが「死にたい」のは思い通りにいかないから。他人が自殺する人を引き止めるのは不愉快だから。

 

苦しいなぁ。悲しいなぁ。辛いなぁ。生きるためにしなければならない事をしている。はずなのに、心は窮屈で息苦しくなっていく。

 

人生は甘くない。生きることは苦労の連続だ。そんな事わかってるさ。逆にわかりきってるから、死にたくなるんだろ。

 

 辛いのはみんな一緒だ。生きるのは大変。でもそんな思いをして、生きていかなきゃいけない理由。ってなに?

 

未来に不安や孤独しか感じられないこの場所に止まらなきゃいけないのはなぜ?まったくわからない。

 

死にたい。こういうと、死んではいけない。とみんな言う。「自殺」で検索すると、まず自殺防止のサイトが映るくらいだ。

 

しかし、この流れに疑問が残る。なぜ「自殺」してはいけないのだろう。自分の人生に

自分でケリをつけるのはなぜタブーなのだろうか。

 

人はなぜ「自殺」したがるのか

 

働きたくねぇ。理由は多すぎるくらいだけど、一言だけにするのなら、「窮屈だから」

息苦しい8時間労働を過ごす狭苦しい室内。

 

今日もあーだこーだと小言を言われやりたくない単調な作業をこなし、自分がここにいる意味を問い出す心の声を押し殺す日々が始まる。

 

見上げると天窓から空が見える。遠くに小さく飛行機が見えるほどの青空にバカにされているような気がする。

 

著しく精神を害した人でなければ、人間は不機嫌な時に起きた出来事をなんでもネガティブに捉える生き物なんだろう。

 

イガイガした気持ちを抱えながらも、白いラインを引きながら遠ざかっていく飛行機を羨ましく思う。

 

あれに乗れたらどんなにいいだろう。今ある窮屈さを捨てて、どこか遠い場所に行けたらどんなに・・・

 

 意識が遥かぁかぁなぁたああああああああ!アジカンのデビュー曲っぽく叫んでみるほど飛ばしていたら、サボるな。と怒られて現実に帰る。

 

わかってるさ。ここじゃないどこかに行ったところで何も変わらないのは。環境を変えるなんて一時しのぎ

 

第一、そんな金はないし、自分探しなんて意味がない。この世界のどこに行こうとも

ニートには生きづらい世界が広がっているだけ。

 

そう考えると、急に死にたくなる。こんなに頑張っているのに、どうしてもこうも、うまくいかない。

 

どうしてこんなに窮屈な思いばかりしなければならない。なぜ自殺したいのか。要は自分の思い通りにいかないから。

 

そして、心が悲鳴をあげているのに、その場所に留まるしかない現実。それが延々続く未来に絶望した時、そうまでして生きて行きたくない。という答えが勝った瞬間に

 

人は自殺するように見える

 

 

この国が自殺大国なのはなぜだろう?

 

意外に思うかもしれないが、この国の自殺率は国際基準だと、3位以内ではない。自殺率は以前高い。とはいえ、減少傾向にあるという。

 

しかし、それは統計だけで、世代別で見ると、10~20代の自殺率が高い傾向にある・・・らしい。

 

 日々更新される絶望を煽る情報。働けど、働けど、楽にならざる生活、あーしろ。こーしろ。という周囲からのプレッシャー。

 

なぜ自殺するのか。希望がないから。としか言えない。この国に明るい未来を描いている人間などいるのだろうか。

 

誰もが思っている。でも口にしない真実を語ろうか。この国は終わりに向かっている。

クラークの幼年期の終わりじゃないけど、穏やかに死にかけているのだ。

 

さざれ石の巌が苔むすまで続いたらその先はどうする?どうなる?答えは一つだけ。

砂に帰るのだ。

 

自殺は悪なのか?

 

よく、この国は真面目すぎる。と言われて、比較対象にされる国、例えばメキシコをあげる人はいるけど

 

あの国の犯罪率の高さをご存知ないのだろうか。

 

メキシコ国境の町フアレスでは、ギャングに逆らった町人が見せしめのために殺され、逆さ吊りにされる光景が日常茶飯事だ。

 

フアレスでは麻薬取引が盛んに行われており、それを取り締まる警官は兵士と遜色ない

装備を身につけている。

 

「メキシコ麻薬戦争」と言われるほど、この地域は治安が悪い。

 

 

他にも、自殺率の低い国では、犯罪率や貧困率が高い傾向にある。要は自殺率が低い代わりに、他の原因でバランスをとっているのだ。

 

そこに安寧など、ない。

 

 よく、自殺する人、特に仕事が辛くて。という原因の人に、「死ぬくらいなら、逃げればよかったのに」

 

という輩がいるが、とても無責任だと思う。

 

逃げてどうなる?逃げた先でどうやって生きていくのか。それを示せないのに、ただの感情論を振りかざしてはいけない。

 

特に最近は一度ドロップアウトすると、再就職するのは、宝くじを当てるほど困難だ。

 

 僕は、リーマンショックに始まった就活の辛さを理解している。つもりだ。その時は120社以上の企業にエントリーシートを書き、面接を受けたが

 

どこもかしこも、お祈りされるばかりだった。

 

あまりにも辛くて逃げ出したが、逃げてよかった。となるほど現実は甘くない。

履歴書に書かれた学校中退の行。

 

まともな会社は受からず、働けるのは、まともじゃない会社。いや、この世にまとも

な会社なんてないのでは。

 

そもそも、この国は昔から、自分で責任をとる、切腹の文化が根強い。外国では生きるために犯罪に走ったり、ドラッグやアルコールに手を出したり・・・

 

それに比べれば、この国の人々のなんと潔いことか。この国の治安の良さは、自殺率の高さと共に歩いている。といってもいい。

 

誰にも迷惑をかけず、自分のケツを自分で拭く。素晴らしいじゃないか。

 

 やはり、自殺を否定する理由は見当たらない。そうでなければ、仕事の辛さには切れた人々が明日から暴徒と化し、町を破壊するだろう。

 

あなたが完全武装した警察官が24時間張り付いていなければ治安が保てない狂気の国に

住みたい訳でもない限り自殺を否定する理由はない。

 

 

逃げてはいけない理由がないなら、 生きなくてはいけない理由もない。

 

 そもそも、恥や外聞を捨ててまで、生にしがみつく理由があるだろうか。どんなに醜くても、どんなに無様でも。

 

人はいうけど、それを実行している人間はいるのか。その光景を知っているのか。僕は知っている。

 

寝たきりになり、自分が誰なのかもわからず、排泄物を壁に投げつけていた人。筋肉が徐々に固まって、最後には動けなくなる病気に侵され、その恐怖に怯えながら

 

生きなければならなかった人・・・・・

 

無様に生きた先には、死を望むほどの苦痛があることを知らないのだろうか。それとも

大衆に受けるために、耳障りの良いことを言っているのだろうか。

 

どちらにしても、言えることは一つ。人間の命は、あなたが思っているほど、特別ではない。とるに足らない存在だ。

 

深刻に考える必要はない。自分の命は、自分のために使えば良い。

 

社会のレールから外れて、舗装されていない地面を歩くのは、過酷だ。

 

ただ、レールに乗っているだけでは見えない景色もある。