キリギリスはなぜ死んだ?

誰の目にも止まらない人々の、言葉に出来ない魂の叫びを綴るブログ。

つらい。苦しい。しんどい。生きづらい社会はなぜ変わらない?

「ネガティブなブログは人に好かれない」以前アドバイスをもらった事がある。

つらい。苦しい。しんどい。からみ酒の愚痴ほどの価値もない文章。

 

集団の中でうまく立ち回れない奴の悲鳴に耳を貸すほど、常人は暇じゃない。わかってるさ。書く前から。それでも、誰か聞いてくれないか。

 

期待して馬鹿を見るのは慣れた。はずなのに、本当にこの国は幸せ者以外必要としないんだなぁ・・・・

          

言い訳させてよ。暗く、寂しく生きていたい奴なんているのか?前むきに生きたいよ。誰だって。

 

でも、みんなつらい。みんな苦しい。みんなしんどい。だから我慢しろ「みんな同じ」っていう現実はそれを許さない。

 

 ホワイジャパニーズピーポー。おかしいだろ〜。みんなつらいなら、それは欠陥だよ。

なぜ改善しないの?

 

「他人のせいにするな」っていうのはつまり、「俺のせいにするな」って意味。

 

みんなが苦しい。生きづらいと思っている。なのになぜこの社会は変わらないんだろう?

 

 

眠い。だるい。しんどい。

 眠い。布団という安全地帯から目覚ましの音に脅されて、国民の義務をはたしに行く。

5分前行動。始めた奴を一生恨む。なんて面倒な事を考えたんだ。

 就業時間ぴったりなら、五分長く寝ていられるのに。

 

電車を待つためにホームに並ぶ。いつもより前よりの位置に立った。

できるなら座って、あと5分の欲を満たしたい。

 

「黄色い線の内側にお下がりください。」丁寧な言い回しの陰に、外側にでるなよ。

面倒を起こすな。という本音を感じる。

 

節電のため押しボタン式になった扉を開ける。早く乗り込み、自分の座席を確保したい

勢いよく乗り込んだ車内はイス取りゲームする間もないほどの満員。

 

居心地の良い場所には、惰弱の入り込む隙間などなかった。僕よりも早い時間に起きて

遠い場所からそこにいる人々はみんな寝てる。

 

そう。みんな眠いのだ。好きなだけ眠れるのなら誰だって寝てるだろう。だけど

それじゃ生きていけない。

 

思い出したよ。この社会はみんなが疲れ切ってる。「何かが」おかしい。でも

「何が」かは誰も知らない。

 

変わらなければ、でも何を変えたら良いのかわからない。それが見つかったとしても、変えたところで、生活が良くなるか。と聞かれたら・・・・

 

 日本の闇を嘆くだけ

 日に一回はツイッターを見ないと落ち着かない。他人は嫌いだけど、他人とは思えない

心の傷を持った人たちのつぶやきを見ていると勇気がでる。

つらい人生を耐えているのは自分だけでははない。

それを他人事ではなく、心で実感できるから。かもね。

 

現代はネットの普及で誰もが表現者になれる。「当たり前」に納得できないお子様が

ブログをかけるぐらいだ。あなたが付き合ってくれるか?は別にして。

 

 誰でも情報を発信できる。ということは、自分に耳障りの良い言葉ばかり溢れているわけじゃない。

 

塞ぎこむ心を癒すためネットに救いを求めた時に限って、業界の闇や、理不尽といった胃酸が逆流するような内容のツイートが何万RTもされ、否が応でも眼に映る。

 

明かされた日本の闇にブラウザのバツボタンを押そうとした。なんてことだ。

 

行き詰まった人生の苦しみを吐き出したブログを書いている本人が、他人の痛みに背をむけるなんて。

 

もちろん、拡散される。ということは、発信源に確かな文章力があるからこそ。

ただ、赤の他人の目線になることで、ネガティブな発言がなぜ受けないか。を理解した

 

「答え」がないからだ。つらい。苦しい。しんどい。日本の闇を嘆く「だけ」で

そこからどうしたら良いのか。はどこにも、誰にもわからない。

 

いわゆるブラック企業の労基ガン無視の実態が暴かれるたびに、「逃げろ」「やめろ」

という人がいる。その気持ちはわかる。

 

だけど、「逃げた先でどう生きるのか」は誰にもわからない。

再就職しようにも、転職ばかりしているような人間にまともな会社が席を

用意してくれるだろうか?

 

結局行き着く先は、人が寄り付かない人材を選り好みしない会社。みんな、勘違いしてはいけない。

 

選択肢があるのは、選択できるほど優秀な人間だ。それ以外の無能が生きるためには、労働にしがみつかなければ。

 

ニートで知らない者はいないベーシックインカム。生きるだけで金が貰えるというけど

 

生産性のない人間を生かす余裕がある国に生きづらさなど存在するか。

 

今や年金世代ですら働かなければ生きてはいけない時代。

 

無能、クズにバリアフリーであるほど、現代社会は甘くない。人の代わりはいくらでもいる。けど、消費前提で回っていく経済の代わりになる世界はない。

 

 

ブラック企業こそが、選ばれなかったクズのセーフティーネットというのが、現実だ。

 

  社会=集団。集団は人が作るなら、人が変わらなければならない。

 

打開策もなく、弱音を吐くな。甘えるな。という輩には永遠に口を閉じてもらおう。

 

誰かがいなくなれば良くなる。という人種にも退場願おう。何が悪いの?あいつがいるから。では、問題の本質から逃げているだけ。

 

 老害。という言葉を使いたくはないけど、残り数年でこの世から退場する人と、これから先、このどんづまりを生きる僕らでは、抱えている不安が違いすぎる。

若者に理解ある風老人の言葉はあてにしてはいけない。

 

 

 最後に。真夜中に一人、暗い天井を見つめながら己の惨めを嘆いている誰よりも

真面目なあなたに。

 

 

つらい。苦しい。しんどい。止めようとすればするほど流れてくる涙が

間違ってるはずないだろ。

 

だってこの社会は、「みんながつらく、苦しく、しんどい」のだから。

 

社会とは生活習慣を共有したり、影響しあっている人のまとまりだというのなら、変わるべきは人間。

 

目の前にいる苦しんでいる人や、悲しんでいる人を無視することを前進だと勘違いしている。だからこの社会は変わらない。と論じてみる。

 

 弱さや間違いを認めないから窮屈なんだ。

 

ならばまず、人のネガティブな部分を否定しないことから始めてみないか。