キリギリスはなぜ死んだ?

社会に、いらね。と言われた奴の最後のあがき

がんばらなくていいよ(中編の上)

発端は3年前にさかのぼる。

 

 

彼女はよく、スマホがほしい。と言っていた。車がほしいとも。

 

僕が小さい頃、大人になったら、車に乗せてね。と嬉しそうに語っていたっけ。

 

時々思い出して涙がでる。鼻水をかんでからブログ編集に戻ろう。

 

僕はオートマの車しか運転できない。

 

彼女の家・・・つまり、父親の城にはマニュアル運転の軽自動車が一台だけしかない。

おかげで、免許をとってから一度も車を運転したことがない。

 

なので免許はゴールド免許である。ただ、もう公道に出ることはないだろう。

 

自分の力のなさ、情けなさが悔しくて夜も眠れない。

 

今の生活も不安定な万年フリーターには、軽自動車でも高すぎる代物。

 

無理をして手に入れても、こんどは維持費が高すぎる。

 

車どころではない。この世の中の贅沢が全て若者を遠ざけている。

 

生涯車なんて買えない。なぜこんな目に合わなければならないのか。

 

これまでの人生を頑張ってこなかった奴が悪い。

 

なぜこんな自分なんだろう。

 

自己肯定感なるものが流行っているけれど

 

自分がダメな人間でも生きていいんだ。などという怠惰を

 

いくら独りで思い込んでも、他人は絶対に許さない。

 

頑張らない人生に後悔が増えたけど、今更になって、悔やんでも仕方がない。

 

これ以上自己嫌悪を続けても壊れてしまう。他人のせいにしよう。

 

父親が家族のことを垣間見る人なら

 

僕はもっと別の、例えば車を使うような仕事をしていたのかも。

 

彼のことはあまり知らない。ただ、自分本意な人。とだけしか。

 

彼の家には彼のものばかりがある。

 

もちろん、食器その他、必要なものはこれでもかとあるのだけれど

 

母親のものは、ジグソーパズルの完成品が2.3枚掛けてあるだけ。

 

彼の家にはビールサーバーがある。

 

しかし、ネットに接続できる機器はノートパソコンすらない。

 

この、情報過多の時代にである。

 

 

彼は車に対するこだわりがすごい

 

わざわざ、マニュアルのスポーツカーを購入。

 

ATの軽自動車なら僕でも運転できたのに・・・・

 

どぉじでなんだよぉおおおお!(ガーリィレコード高井ボイス)

 

若い頃はレーサーになりたかったと聞いたことがある。

 

車も改造するのが好きで、椅子を自分で外したりする。

 

なのに彼の車にはドライブレコーダーがない。

 

肝心なものがなくて、事故になった時どうするのだろう。

 

この煽り運転全盛の時代に。

 

金はあっても本当に必要なものがない。

 

それとも自分の一番近くにいる人の望みもわからないのか。

 

わかろうとしないのか。

 

 

 

最悪の結末になるのはわかりきっていただろう。

 

次に会ったのは、翌年の冬だった。

 

母親はとても我慢しているように見えた。

 

何かをぐっとこらえているようだった。

 

昔、体を悪くした時父方の親戚から「根性がない」と言われたことを気にしている

からだと思う。

 

この時が限界だったのだろう。

 

 これまでの彼女からは想像できないくらいイライラしていた。

 

両手の指を差し出して、よく見てみると僅かに白くくすんでいた。

 

単なる風邪か、肌の乾燥だと思っていた。

 

しかし、彼女は体が弱かったので、些細な兆候も命取りになる。

 

父親が病院に連れて行けばいい。奴はなにしてる。

 

彼がいないところでわめいて意味はないのに。

 

歩けない。疲れたと言って座り込んでしまう。

 

なにも知らないと、だだをこねているようだった。

 

本当は気づいて欲しかったんだと思う。

 

なぜ今になってそんなことを?なにを言っても戻れないのに。

 

 彼女は、先週、病院に行ってきて、検査を受けたけど、結果が思わしくない。と言った。

検査入院する。そういった時、不安そうだった。でも僕は上の空だった。

 

当時ガチ無職だった僕が考えていたのは、

 

この先どうやって生きていけばいいのかだけだった。

 

他人を思いやれない。という点で誰かとの間に大差はない。

 

結局自分しか見えていなかった。

 

なんとか今のバイトを見つけ、それになれるために四苦八苦していて

 

ブラック企業だとは知りながらも、

 

しがみつかなければならないジレンマに苦しんでいた。

 

毎日、毎日、塀のない牢獄の中をさまよっているような感覚。

 

くすんだ淀んだ空気にのしかかられているような1日。

 

どうして、こんな生活しかできないのか。努力不足。辛いのは自分のせいだ。

 

誰かを恨んでも、絶望は変わらない。

 

そんな現実に悶絶しているうちに母親のことなど、なかば忘れていた。

 

結局は僕も彼と同じ、ただの弱虫だったということか。

 

 なんとか、どうにか、今の生活を、仕方がない。と割り切れるレベルには妥協できる

 

安心を得られたある日のことだった。

 

母親が家にきて、外食をしないか。と言ってきた。

 

のこのこついっていった馬鹿に今なら言いたい。やめろ引き返せ!と

 

なにをたべたのか。もうあまり覚えていないが

 

彼女は今までになく、顔が青かった。

 

フォークを持つ指の爪の色が以前より白くなっている。

 

いぶかしむ僕に不意打ちをかけるように、彼女は呟いた。

 

「私、癌なんだよ。」と。

 

がーん。

 

(続く)