キリギリスはなぜ死んだ?

社会に、いらね。と言われた奴の最後のあがき

がんばらなくていいよ。(最終章 前編)

 

いつもビリッケツ。万年置いてけぼりの人生に意味はあるのだろうか?

 

 

 

それからしばらく母親の所に行かなかった。カウントダウンは迫っている。でも

 

母親の寿命以上に、父親のいる空間にいたくなかった。

 

何をされるでもないけど、職場にいるような雰囲気だからだ。

 

 

休日まで疲れることをすれば、この先、生き残れない。

 

だから顔を出したくなかった。それが正直な気持ちだ。

 

別に悪意があったわけじゃない。

 

そもそも、話したいのは、母親であって彼ではない。しかし、病室にいくと決まって

 

昼食過ぎの薬を飲み終わった後、副作用で眠っている所で、ほぼ父親との二人になってしまう。

 

彼女と話ができるのはめったになかった。だからこそ、会話の内容を覚えている。

 

今日は風呂に看護師に風呂に入れてもらった。とか。よかったじゃん。というと

 

動けないから怖いけどね。お湯があがってくるの。でも気持ちいいよ。

 

顔に力はなかったけど嬉しそうだった。

 

 

ある日は昼食後なのに珍しく起きていて、食器がまだ下げていなかった。

 

出された物は全て食べてあった。ご飯が美味しいの。声に力はなかったけど

 

楽しそうだった。

 

いつもより調子の良い所を見て、このまま元の生活に戻れるのでは?

 

というちゃちな期待が湧いた。あてにならないのは、よく知っていたけど

 

いままでの苦しみが無駄じゃない根拠になる希望が欲しかった。たった一度だけでいいから・・・

 

 

ある日は部屋のテレビのニュースを見ていた。確か、車の輸入の数字の話だった。

 

そこから車の運転の話になった。彼女は不意に、車欲しくない?と聞いてきた。

 

電車に乗れれば十分。と答えた。

 

場の雰囲気を考えると金がないから買えない。とは言いたくなかった。

 

母親を挟んで反対側に座っていた父親はだまっていた。

 

彼女は運転したくない?と聞いてきた。

 

これまでのキャリアからつける職業と年収を考えると、

 

エンジンつきの乗り物を手にする日はこない。

 

それでもいつか車を買えるようになったら乗せてあげるよ。

 

いつか。の話をするのは、苦しかったけど。

 

彼女は少し引きつった顔で笑った。でも目は優しかった。

 

幸せはいつも夢の中

 

 ある日のことだった、休日を使って、みんなで少し遠い所に花見をして

 

ピクニックにいくことになった。愛車を洗車してみんなを乗せて行くことにした。

 

中古のワンボックスだけど、みんなを乗せて行くには十分。

 

そこには、父親も含めて、みんなを乗せて運転していく理想の人がいた。

 

幸せだった。とても。どこにでもいける。

 

みんなが行きたい所に連れて行けるんだ・・・・

 

そこでいきなり景色が割れた。一瞬何事かと思ったけど

 

切り開かれたのはまぶたで、いままでの幸せは夢だったとわかった。

 

 誰ひとり幸せにできない人間になってしまった現実がじわじわと押し寄せて

 

どこにも行き場のない悔しさが天井を涙で覆った。

 

このゆがんだ景色ををあと何年見つめ続ければ、報われる日がくるのだろう?

 

この人生があまりにもクソすぎて、惨めな理由はなんだ?

 

お前が悪いんだよ。

 

考えられる答えはひとつだけ。でも、その答えが辛すぎて眠れなかった。

 

時間がない。

ある日のこと、母親の所に行く。とおばさんに言うと、

 

「ぬり絵」を持って行ってほしい。と頼まれた。

 

母親のところにいったとき、欲しいものは?と聞いたら出てきたのだそうだ。

 

ぬり絵と言うから、少し微笑ましかったけど、母親に渡したのは、立派な大人の塗り絵だった。

 

ぬり方の見本が前半に載っていて、「ねっ!簡単でしょ?」の具象化で真似できない

 

母親ははこんなにうまくできないよと笑った。

 

父親がだんだんうまくなっていけばいいじゃん。と言った。それに乗っかった。

 

そんな時間がないことはわかっていたけれど。

 

置いてけぼりになってばかりだ。

 

母親のところには行かないで街に出かけていた。

 

前の日に嫌なことがあって、彼女に会いにいっても余計に辛くなる気がした。

 

気分を変えたかった。それがいけなかった。

 

父親から電話があった。彼は必ず、今日は休みか?と聞いてくる。

 

休日なのに、どうしてこないんだ?と聞かれている気がするのは、後ろめたい

 

ところがあるからだろうか。

 

休みで家以外の場所にいる。と答えた。彼は仕方ない。と言って

要件を伝えた。

 

写真を現像して欲しいとのことだった。

 

なぜか?と聞くと、「母親の遺影に使う写真を作るから」と答えた。

 

聞かなければよかった。

 

彼から渡されたデジタルカメラ写真屋に持っていくと、店員にノートパソコンの前に

案内された。

 

両親がどこか旅行にいっている画像が再生された。

 

彼女がまだ元気だった頃の写真だ。何枚か見ているうちに涙がこぼれた。

 

もう、何もかも間に合わない。その後悔が涙になった。

 

これは。という写真を何枚か現像して父親に渡した。

 

その日の夜、夢をみた。夢ならいつも、むかし住んでいた家が出てくるけど

その夢は珍しく、今の家が出てきた。

 

僕が寝ていたら、枕元で誰かが、じゃあね。と言った。

 

誰かわからないのに、置いてかないでよ。そう叫ぶと目を覚ました。

 

 

みんないなくなってしまう。その虚しさや、言いようのない寂しさで目頭がきつくなり

 

ボロボロの天井を見つめながらまた涙がでてきた。