キリギリスはなぜ死んだ?

社会に、いらね。と言われた奴の最後のあがき

ブログを始めて一年たってわかった事。

それまで、自分以外は人生をうまくこなしている。

劣等感や焦燥感を抱いているのは自分だけのように

思い込んでいた僕にとって

Twitterやブログで出会った人々との会話は

狭かった視野を少し広げてもらったような気がした。

 

 はてなブログに、せんべいが、来る〜

一年前の今日に僕はこの公共痴態黒歴史ノートを書きだした。正直すぐやめると

思っていたから、自己紹介記事を作ってから半年は更新していなかった。

真面目に書き足していれば、と悔やむけど、ブログを書くのも初めてで

勝手がわからなかった。現実は思い通りにいかない。だからこそ

最近、やたら更新している。後悔を取り返そうとしているから。

 

確かにクオリリティーはひどい。後で読み返してみて頭を抱える。

でも、「こんなの書くほどでもないんじゃ・・・」となると

そのまま書かずに終わってしまう。

しょうもない記事でも、ないよりはマシだ。

そのバカバカしさに笑いを誘われる事もある。てまえみそでもいい。

この世の辛さに抗うには、一時の清涼剤も必要。

例えるなら落語に近い。僕はプロでも人間国宝でもないけど。

 

 それまではブログと聞くと、芸能人の活動報告。てっいうイメージで

一般人の、それも日記みたいな記事を投稿しても、誰にも興味を

持たれない。くらいに思ってた。少なくとも

僕がこうして自分の意見を発信しているなんて、思いつかなかった。

そう考えると、未来とは、事前の想像でどうなるか

完全にわかる物ではないみたいだ。

 

こんなつまらない文章を投稿していて、一体何の役に立つか

時々自分の心に質問されるけど、一瞬でも来訪してくれた人。

見たよ。と合図してくれるブロガーの方や

意見を書いてくれる人

本人でも一回消そうとした鬱憤を晴らすためだけに書いた記事に

 「世間に受けなくても、俺は好きやで。」と言ってくれる強者もいて

けっして無駄ではない。と勇気付けられている。

 

これほどコミュニケーションを取れるのは、はてなブログだけ。と聞いた。

残念ながら僕はここ以外試した事はないから、わからない。

でも、はてなに生まれてよかった。

 人気取りのためじゃない。

前書いた記事。悪意はないし、喧嘩したいわけない。

それでも、状況が悪くなるような気がするから、名前は伏せる。

 

「彼」のよく言うゴミブログで、ディスるような真似をしてすいません。という意味と

僕は、あなたがよく言う「批評家きどりでディスってくるしょうもない奴」

です。スルーしてくださいね。という意図を込めて書いたつもりだったけど

伝わっていなかったらしい。

 

コメントで、「支持をえたければ開き直れ」という指示を受けた。

含みのある発言で、おそらく、このままではウケないと言いたいのだろう。

しかし、これが

 

大衆の支持はえられない」なのか

 

ただの一人の支持もえられない」なのか。

 

前者なら特に必要ない。僕は道化師になり損ねて、ここに流れ着いた人間だ。

後者だったとしても、問題ない。

己の鬱屈など、他人には聞くに堪えない。

それで愛想を尽かされても、誰に疎まれてもしょうがない。

くらいに開き直っている。

 

「なら、大学ノートでも買って、一人で自己満足に浸ってりゃいいじゃん!」

あなたは言うだろう。

それでは意味がない。僕の叫びを他人に見える形にして

それでも共感してくれる人を見つけて初めて、このブログは成功と言える。

 

幸いな事に、その願いは叶うかもしれない。だからこそ考えていた。

このまま悪態をつき続けるのは、彼らのためになるのか?と

知らずのうちに嫌な奴へ。

味方になってくれる。という事は、彼らだって、それぞれ不安になる事を抱えながら

暮らしているはずだ。

 

それでも、なんとか前向きに生きよう。としている彼らに、僕の愚痴は

悪影響を及ぼしてしまってはいないか?

 

立ち上がれずにうずくまっている自分を棚に上げて、はるか前を走っている彼らを

引きとめようとしてはいないか。

 

希望を信じて走りだそうとする足をとって、地面に叩きつけようと

してはいないか。

 

それは僕が一番嫌いな人種のする事ではなかったか。

 

僕はいつの間にか、現実は厳しいんだ。と自慢げに呟く奴になっていた。

このままでいるのは、嫌だ。

人の出会いに、現実もネットもない。

かといって、僕には無職ライフ楽しいぃ〜とハイになる余裕はない。

バイトすらしておらず、年金すら自力で払えない現状を肯定する事はできない。

 

こんなブログを理解してくれた人々が失敗してしまっても

「それはお前の頭で考えないから悪いんじゃん!」などと

持ち上げてから落とすような真似はできない。したくない。

 

それでも、僕の本音から、自信をもって言える希望とはなんだろう?

 

遠い日の僕、一生、誰とも分かり合えない。と決めつけていた彼に言いたい。

 

そんな事はない。と

 

ブログを書き始めてから、しばらくして始めたTwitter

バカ発見器だと侮っていたけど

だんだん、会話できるフォロワーさんが少しづつ増えていった。

 

使い始めてしばらく経つけど、僕はSNSの出会いを胡散臭いと

決めつけていた。

 

でも、考えてみれば、君の言うとうりだ。

現実で顔を合わせたとしても、見栄を張ってしまって

本音など、表現できない。

この空間なら、ありのままの自分を出す事ができる。

 

自分で言ってたのに。画面の向こうにいるのは、生きた人間。

少なくとも、

 

会話ウインドウに1~3の選択肢が現れて

それを選べば、特定のリアクションをとるプログラムに

この感情を覚えた事はない。

 

この心情を共有できているか。確認する術はないため、「僕は」とつけるしかないけど

 

バカな話で笑いあえる人に会えた

 

なんてひどい世の中だ。と肩をたたき合える人に会えた

 

好きなゲームの話ができる。共通の趣味を持った人に会えた

 

ただの落書きなのに、讃えてくれる人に会えた。

 

彼らと出会えて、僕がうっすらだけど、思い出した事がある。

 

僕は、人を笑わせたいんだ。泣かせたいわけじゃない。

現実が、僕を引き戻して、生活の話をすると、悲観した事しか言えない

でも、本当に、少しづつ、何か、笑える記事を。

とりあえず映画かな。そんな詳しいわけでもないから、面白くする

自信もないけど・・・・

とにかく、自分の意見を発信するのも、人と関わろうとするのも

絶対に無駄じゃない。

どんなにくだらなくても、受け入れてくれる人がいると信じられる。

そういう人々に出会えた。

 

孤独じゃない。

 

恐らく、ミミにタコができるほど聞いた言葉で

「あなたのご活躍をお祈りしています。」程度の効力しかなく

あなたの人生に、全く責任を持てない僕が言うべきではないのを

承知で、それでも、言いたい。

 君はおかしくなんてない。君は一人じゃない。