キリギリスはなぜ死んだ?

社会に、いらね。と言われた奴の最後のあがき

人の幸せとは、笑いかけられること。

人間の幸せとはなんだろう。

成功じゃない。という人もいる。

そうは思わない。

金も地位もいらない。というのは、選ばれし者の謙遜か

手に入れられかった人の負け惜しみでしかない。

 

ただ、地位や名誉以外で満ち足りる事はないのか。と問われたら

違うと僕は思う。

 

この世に何かを残す事を人間の幸福というなら

英雄にならなくても問題はない。

 

人の存在とは何か?

 

書こうか迷った。でも、ここで吐き出さなければ

死ぬまで引きずるだろう。

他人に投げつけてどうなるものでもないけど

このままだと、重すぎるから。

少し付き合ってくれよ。

 

その人はどんな時でも迎えてくれた。

学校でも問題を起こした時。

職場でうまくいかなかった時。

いつも、台所にいて、いつも僕の好きなものばかり作ってくれていた。

いつも、いつも、当たり前のあるように思っていた。

まるで空気みたいに。

それがなくなるのは、死を意味する。

 

 一年前の今日、母さんが死んだ。

前触れは僕がバイトの面接でうまくいかず、切れた事だ。

それまで、僕の運転する車に乗りたい。と呟いていた彼女に

高卒フリーターにそんなもの買えるわけない。

一生、何一つ手に入らない。

その時、「なんだか嫌になっちゃたな。」とこぼし

精神科に通うようになった。

最初は、先生もいい人だった。と上機嫌だったけど

次第に、辞書を見てばかりで相手をしない。と不安げになり

出された薬も徐々に効かなくなり、一番強いやつを使いだしてから

起きてこなくなり

電車に飛び込む。と玄関の前まではっていった。

 

ご飯食べるか。と聞いても、首を横に振るだけで、返事をしない。

入院したい。と言ったけど、病院に入る金がない。

母さんは国民年金を払っていなかった

市役所に生活保護を受けにいったけど

親戚を頼れ。と言われ、門前払い。

ついにトイレにすら自力で行けなくなり、

何度か引きずっていった事もあった。

夜中に苦しい。と言い。救急車を呼ぼうとした事もあった。

病院に電話したら、「うちに救急車はない!」

と言われ、切られた。皆さんは気おつけてほしい。

夜中に電話されれば、病院だって怒る。

 

そんな事が3ヶ月ほど続いた。

最初はパンを1日一切れ食べていたけど、それもなくなり

ただ寝たきり。なぜ気づかなかった。いや、気づかないふりをしていた。

そんな状態で生きている方が奇跡だという事に。

 

夕方。そんな緊急事態であるにもかかわらず、散歩に出かけた。

一日中部屋の中にいたくなかった。

あなたのお叱りはもっともだ。

しかし、それをわかっているのは、誰よりも僕自身だ。

とだけ言わせてほしい。

 

古本屋で乞食したマンガに「人間の人生に意味はない」

と書かれていた。

そこだけを今でも覚えている。

 

帰ってきた時、母さんの様子がおかしかった。

苦しい。苦しい。と叫んでいた。

たまらずに救急車を呼んだ。時刻は夕方だ。

応対する人も落ち着いていた。

 

待っている間にとうとう喋らなくなり

目を見開き、ヒューヒューという音が口から聞こえてきた。

おばあちゃんの時と同じ人たちがやってきて

母さんの周りを取り囲んだ。

彼は聞いた。

自発呼吸ができないから首を切開して、人工呼吸器を入れます。

いいですか。

 

はい。と言った。何を言ってるのかわからないけど

とにかく助けてほしかった。

 

そのまま救急車に乗り、病院へ

誰の目にも結果は見えていた。

でも、誰もそれを言えなかった。

信じられなかった。まだ奇跡にすがりたい。

道中、若手っぽい人が、ずっと心臓マッサージをしてくれていた。

一定のリズムがあるのはわかった。それを数えていると安心した。

近くの病院はいっぱいとの事で、別のところを探しながら救急車は

走っていた。

目的地が決まるまで、随分と長く感じた。

 

たどり着いたのは、どこだかわからないところだった。

テレビでやる医療系のドラマを今後見れそうもない。

再現度が高すぎる。

夜間入り口では、救命病棟24時江口洋介そっくりのカッコをした人々が待っていた

不謹慎だけど、そっくりすぎて江口のコスプレをしているのかと思った。

逆だ。どっちかといえば江口がこの人たちのコスプレをしているのだ。

 

天井の低い部屋に運ばれ、分厚い自動扉が閉まった。

手術中。のランプがつき、待合室で待っているように言われた。

とても長く感じた。

医者に会議室のようなところに通された。

さっきの救命病棟24時の人だ。江口と名付けよう。けっしてマックのハンバーガーではない。

 

江口は言った。心臓は動いているけれど、脳はほぼ動いていない事。

このままの状態を続けるためには、機械の力がいる事

それは死んでしまったという事ですか。

「死んだ」という言葉をひねり出すまで、10秒はかかった。

江口は返した。

何をもって「死」と判断するのかは現代医学でも判断が難しく

今の状態も「亡くなった」とは言い切れないんです。

 

ただ、現状を維持するためには、股の間から管を入れて

機械で心臓を動かす事になります。

 

元の状態に戻れるんですか。話をできるようには。

 

なりません。

 

その言葉を発するために振動させる空気が周りになかった。

狭い部屋の酸素を全部吸ってしまったのかもしれない。

息ができない。とても苦しい。

 

でも、どうしても、言わなければいけなかった。

レジ袋いりますか?の問いなら、どれだけ楽だっただろう。

 

延命治療を望みますか

 

結構です。

 

そう言ってまた待合室へ。

何十分かのうち、呼び出された。

 

どうやら、脳波?脈?のようなものが、若干戻ったのだそうだ。

救急隊員の心臓マッサージのおかげだ。

ただ、どんどん弱くなっているらしく、時間に猶予はない。

 

返事はできないけど、聞こえているから、声をかけてあげてください。

 

 通された手術室。

何に使うのかわからない機械がたくさん置いあって

その真ん中に、母さんが寝ていた。

そばにきて、何かを話したいのだけれど、できない。

 

涙が邪魔をする。なぜ?なにをもって泣く?

なぜ今更になって。

なんの涙だ。それは。

後悔か。懺悔か。

それとも、近くにいる看護婦へのポーズか。

世間体が悪いからと、悲しげに振舞っているのか。

 

わからない。

 

でも、なんとか振り絞って出てきた

のは、唐揚げがうまかった。とか

生姜焼き美味しかった。とか

グルメリポーターみたいな感想ばかり

 

でも

ありがとう。と言えたことは

 

後悔だらけの人生を歩んできた中で

唯一の正解だと思っている。

 

 

そして、機械の数値がゼロになった。

その人は死んでしまったよ。馬鹿でかいアラームがなった。

言われなくてもわかってるよ。

 

わかってるよ・・・・

 

その後いくつかあって

葬式が始まった。

 

今回は身内だけの地味なもので、寿司は食べなかった。

それでいいような気がする。

本来そういうものだろ。

 

 次の日の朝、部屋からでで、おはようといった。

いつも僕より早く起きて、いつもご飯を作ってくれていた人に向けて

当たりまえだと思っていた。

もうそこにいないのに。

 

時々、懐かしくなって、自分で生姜焼きを作ってみる。

作り方自体は、簡単だ。でも、食べてみてわかった。

これじゃない。

うまくないわけじゃない。でも、これじゃない。

 

映画や漫画なら、ここで立ち直るのだろうけど

そうわいかないカスメンタルの自分ごと現実から逃げ出したくなる。

 

 

 

 僕は何一つ手に入らない底辺ニートで、身内を放置したゴミ。

 

僕はこの罪を引きずって歩いていくだけ。

成功などできない。

 

祭壇に飾られた写真。

おばあちゃんの時もそうだったけど、なぜ笑っているように見えるんだろう。

僕はこんなに悲しいのに。

 

なぜ笑ってように見えるのかな。精神科医だったらわかるのかな。

なんとか効果。とかかんとか効果とか。

辞書に載ってればいいけど。

 

いいんだ。思い込みで。

道化師のソネットじゃないけど

笑ってよ。君のために

 

それが彼らの最後のメッセージだと、勝手に解釈しよう。

 

僕がこの世からいなくなったとき。

たった一人でいい。泣いてくれる人がいて

その人に元気をだせよ。と笑えるのなら

 

人生にこれほどの幸福はない。