キリギリスはなぜ死んだ?

社会に、いらね。と言われた奴の最後のあがき

一夏の恋を始めたいなら、窓の戸締りに注意せよ。

セミが鳴き始めた。今年もリア充以外には、暑苦しさしか残らない

季節の始まりだ。

 

麦茶を作ろうとしたら、変えのティーパックを切らしてしまった。

しくじった。サウナとかした四畳半、涼を求めて手を伸ばした

扇風機も、運んでくるのは熱風だけ。

まるで蒸し風呂の、タオルでなんかバサッ!バサッ!するアレみたい。

全く嬉しくない。僕はサウナーではない。

 

この状況で

天然ミネラル麦茶を取り入れられないのは、死を意味する。

 

しかし、近所のスーパーで買うとしても、ポイントカードは親と共に

出勤してしまった。シビアな一家の経済シムは

1ポイント=1円の損も許さない。

 

でも喉は渇く。しかたない。近所のコンビニに買いに行こう。

100円セールのおにぎりを土産にすれば、機嫌をとれるかもしれない。

目的地はわずか数100m先、テキトーな格好でいいか。

まぁ、まともな服装なんて検討もつかないけど。

 

7~8年前にスーパーでお母さんに買ってもらった

緑のポロシャツと緑のズボンをつけると

上下緑色をした、とっちゃん坊やが爆誕した。

 イメージとしては南国生まれの恐竜の男の子に近い。

 

母さん、20過ぎたら、人間の成長は止まるんです。

すぐに大きくなるんだから。ってヒップホッパーみたいな

でかいのを買ってこなくても・・・

 

緑地なら迷彩効果は抜群。

コンクリートジャングルでも有効かわからない。

実験してみよう。幸いここは戦場じゃない

永遠の5歳児が歩いていたところで、射殺される心配はなかろう。

 

窓の鍵を閉め、ガスの元栓を確認し、用を済ませた後

家を出る。

 

思い返せば浅はかな判断だった。あんな事になるなんて。

 

出会いは突然に

出かける前の予想とは違い、室内と比べたら外はマシだった。

特にズボンは夏用をチョイスしたせいか、風が抜けていくのを感じる。

 

店の中は地球環境完全無視の涼しさ。

まぁ、冷房28度設定も根拠はないらしいし、多少はね?

それにしても涼しい。

特に下半身。寸足らずの裾で冷気を防げないのか。

 

外との気温差に慣れていないのだろう。と納得し

冷蔵庫から1ℓのペットボトルを2本取り出して

カゴに入れレジへ。

 

でも、今日は混んでいる。昼前ならわかるけど、なぜ?

両手に一本ずつとはいえ、長時間持って並ぶのは勘弁。

どうやら、清算を行う奴が手間取っているらしい。

 

「お次のお客様どうぞー」

室内犬のように震える二の腕をかばいながつつ、どんなバカだよ。

とイラついいて、呼ばれた方へ向かうと

 

「い、いらっしゃいませ・・・」緊張している声で僕を迎えたのは

デビュー当時の北乃きいによく似た女の子だった。

どこにでもいそうで、どこにもいない。そんな雰囲気。

かわいい。超かわいい。

 

「150円が一点・・・100円が・・・」ぎこちない感じがかわいい。

心なしか、僕を見て微笑んでいる。ような気がする。

重要なのは、彼女の頬にエクボができた。という事実。

笑った理由がグリーン坊やへのさげすみでも、かまわない。

 

清算を終え、一生懸命、袋づめしてくれる彼女、かわいい、超かわいい。

僕の近くにこんなドストライクな子がいるなんて。

 

ここに通い詰め、顔見知りになり、ゆくゆくはそう・・・

などど、アイドルの握手会に並ぶオタクにありがちな妄想をしながら、

灼熱のアスファルトへ戻っていく。

 

鼻歌でオレンジ・レンジの上海ハニーを歌うほど上機嫌だった。その時は。

歩きながら異変に気づいた。

どうにも涼しい。というかスースーする、特に股間。

ちょっと待て。行きがけに用を足した時、僕はファスナーを閉めたか?

 

 彼女の笑顔、ちょっと引きつっていたのはなぜだ。

 

恐る、恐る確認する。

開け放たれたズボンの窓から、白ブリーフがこんにちは。していた。

 Stop the season in the san

残念ながら僕は、TUBE世代にかすりもしていないため

この曲しかわからない。

けど、夏よ。逃げないでくれ。という思いは一緒だ。

ただ、僕の場合、追いかけたり、もう少しこのままでいたら

通報されかねないリスクを負うのだけれど。

 

 夏の終わり

君に約束してほしい事がある。

 

服装が上下、ガチャ◯ンでもいい。エネルギーボールから元気をわけてくれ。

 

出かける前に家を見回るのは大事だ。ただ、ないがしろにしてはいけない確認は

他にもある

 

社会性のない生活を送っていてもいい。でも、社会の窓の戸締りは確認してほしい。

さもなければ

七日間しか生きれない命よりも早く、一夏のエンディングを迎える羽目になる。

 

希望を見るとしたなら、彼女の視界を汚したであろうブリーフ。

それをボクサーパンツだと勘違いしている可能性にすがろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を呪いたいやつも、恨みたいやつも、本当はいない。

ブログで僕を見下してきた他人への憎しみをぶつけていた。

文章にして、心と距離をとれたのかもしれない。

とても見ていられないのはわかる。

 

 それでも、書かなければならない。

恨み辛みなど、言いたくはない。

そんな事を言っても、なにも変わらない。

わかってるんだ。わかってるつもりなんだ。

でも

心に積もった「なんなんだよ・・・・なんなんだよ!」

という気持ちは膨れ上がるばかり。そのままにしていたら

朝のワイドショーが26歳、ひきこもり無職の異常行動。

その原因を専門家()に聞いていたかもしれない。

 

 

誰も恨みたくなんてない

僕は彼らにどうしてほしいのだろう。

どうすれば満足なのだろう。

わからない。

罰を受ける様子を見て、悦に浸りたいのか?

某倍返し銀行員よろしく土下座させれば、満足か。

 

その光景を想像しても、晴れ晴れしない。

違う。そうじゃない。

 

僕は彼らに報いを受けさせたい訳じゃない。

 

なら、なぜ、忘れられないのか。

 

彼らに傷つけられて社会に復帰できないのに

彼らは今も普通に生きている。

不公平だ。と怒っているから。

 

 

最初は指導だと思っていたのに、

蓋を開けてみれば八つ当たりだった真実に失望した。

から。

 

僕を肯定してくれた人はみんな

思い出になってしまうのに

僕を否定する人ばかり増えていく世の中を嘆いているから。

 

 いや、その程度の事を気に病んで

いまだ立ち上がれずにいる自分に苛立っている

のをごまかしているから、かもしれない。

 どれも的をえているようで、まるで検討違いのような気もする。

 

もしかしたら、僕の恨んでいるのは

自分ではないか。

 

 

わからない。うまく言えない。

でも、頑張った「つもり」とか

 

真面目に生きた「つもり」というのは、やめよう。

 

頑張っても、真面目に生きても、どうしようもない事はある。

誰のせいでもない。誰のせいでもないよ。

君のせいでも、他人のせいでも。

 

そうだ。僕は誰も恨みたくなどない。他人は元より

誰よりも自分を。

 

夜中のアニメって怖くね?

目をつぶって、脳に休めと念じても、まるで言う事を聞かない。

夜の長さを紛らわすためにテレビをつけたら

地獄少女。というアニメを放送していた。

終了目前でストーリーを楽しむ余裕はないけど

仕事しろ!と叱咤され、キレてストライキを起こした湯けむりの

なまけっぷりで、丸見えのサービスシーンにつられて、辻褄を合わせる事にした。

入浴中の女子高生の独り言から察するに

 

 

午前0時にだけ出現するサイト「地獄通信」

ここに晴らせぬ恨みを書き込むと地獄少女

が現れて、憎い相手を地獄に落としてくれる

 

ただの都市伝説であるように思われたが、実際には

強い恨みの感情を持つ人間の前に、地獄少女は現れる。

だが、そこには、伝説にはない、少女との契約が存在した。

 

という事はわかった。

 

嘘だ。

 

公式サイトに書いてあった。

 

www.jigokushoujo.com

 

美少女のは◯かに見とれていた僕にそんな名探偵バーロー並みの推理力

備わってる訳ないだろ。

ちょっと待ってくれ。これでは変態と間違われそうだ。

あくまで、「アニメの中の美少女」である。

現実で覗きなどしない。・・・今のところは。

恨みの代償

美少女の一人言で解説していたけど、呪いで人を殺した場合、

申し入れた本人も死んだ後、同じ場所に送られる・・・らしい。

「人を呪わば、穴二つ」誰かに不幸があるように祈れば

己の棺桶も用意しておくべきという事か。

 

ならば、僕はごめんこうむる。

 不快な記憶の中にいる奴らに

自身の死期まで他人のコントロールされるのは我慢ならない。

僕の元に地獄少女が現れないのは理由を悟った。

この程度の感情の爆発では、彼女に相手にされないのだろう。

黒髪ロングという、現代日本で全滅したオタクの理想

今時古風な美少女とデートをしてみたかったけど、残念だ。

 

愛された記憶を忘れるな

 僕には思い出がある。確かに愛された記憶がある。それは確かだ。

それを握りしめて、忘れないようにすれば、生きていける・・・はずだ。

思えば明日の時間割の教科書を入れるだけで、褒められていた。

自分がとてつもない人間のような気がしていた。

甘やかされて育って、自惚れていた。

 

 外の世界の住人に否定される事など、想像した事もなかった。

僕と一緒に仕事をするとなると、彼らも骨が折れただろう。

 

僕には思い出がある。

他人にどれだけ否定されても

それを抱きしめていれば、生きていられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引きこもる人こそ、勇敢かもしれない

僕は学生時代、引きこもりを経験していない。

学校に居場所はなかったけど、1日も休まなかった。

一時期それを自慢にしていた。

他人に誇れる事はそれしかなかっから。

今思えば

親の「こんな事でへこたれてはいられない」という指示に従い

自分では何一つ考えずに、社会の移り変わりから外れるのを恐れ

流れにしがみついて、振り落とされないようにしていただけ。

仲間ハズレにされないように、ヘラヘラ笑っていた。

僕程度にできるおべっかを見透かされない。とでも?

気に入られるように。と努めるほど、孤立していった。

 

もしかしたら、部屋に閉じこもって

なぜ、こんな事になったのか?をひたすら自問するべきだったのかもしれない。

あの時、誰の目も気にせず、しっかり己と向き合っていれば

こんな所にいなくてすんだのかもしれない。

 

 僕にわかるのは、普通に暮らしているから、偉いというわけじゃないし、

一般人の生活から外れるのは、特別劣っている事にはならない。

むしろ  基準から離れるという選択をしたのは、勇気と呼んでいい。

大げさに聞こえるだろう。でも、人間というのは

自分にない物を持っている人に憧れる。

僕にその選択肢は取れなかった。

 

僕ごときに賞賛された所で、なんになるわけでもないけど。

 

 

 逃げるという言葉の意味

 興味をそそる番組はないか。

リモコンのボタンをいい加減に押していたとき

ハートネットTVという番組にたどり着いた。

僕の目を引いたのは、モデルの栗原類くんや

 千原ジュニア氏、ボケずらいのはわかる。それでも

尖った笑いを期待していた・・・

ジャックナイフも丸くなったという事か。

 

番組に話を戻そう。

よくあるひな壇ではなく、出演者が座談会のようになっている。

どうやら放送は収録ではなく、生放送のようだ。

 

取り上げられているのは、8月31日、夏休みの終わりとともに

自殺してまう学生が多く、スタジオにある、特設のモニター(のような物)に

直接顔を出せない不登校の生徒たちのコメントを表示していた。

 

僕は常日ごろ、「死にたいなら、死ねよ」と言い続けてきたけど

いざ、10代の若者から、「死にたい」と聞くと

みぞおちを殴られたような気持ちになった。

 

とても重たい気分になるのと同時に、なぜか、

砂漠の真ん中で友人に出会えたような気分になった。

不適切な表現だけど安心したのだ。

僕だけではない。という同族意識

よくない兆候なのはわかってる。けど、僕はこの番組から目を離せなかった。

 

 出演者は、一様に、「死ぬくらいなら、逃げろ」というコメントしている。

逃げる?一体どこへ。一時だけ、その場から抜け出して

図書館や動物園にいるだけで、その子のなにを変えられる。というのか。

 

だとしたら、僕は?僕だったら、なにを言えばいい?

死ぬことも、逃げることも、薦められない。

僕にはわからなかった。どちらの行動も取れなかったゴミには。

 

それから、夜通し考えていた。あのとき、僕はどうすればよかったのだろう。

他人の気持ちはわからない。

 

16の頃の僕を思い出していた。

わずか10年前の出来事、記憶力はいいはずだけど思い出せない。

 

気がつくとどこか、校舎のような物で囲まれた場所に立っていた。

 

本館と実習室をつなぐ渡り廊下。次の授業のある教室へ、他の生徒が、2~3人の

グループを作って向かっていく中

ぽつんと、寂しそうな背中をした子が歩いている。

次の授業、グループ作らなきゃいけないんだよな。

名簿順とはいえ、うまく喋れない人と班になるのは、辛いな。・・・

なんで、こんな事しなきゃいけなんだろう。こんな場所に居たくない・・・

なぜか心の声が伝わってきた。

どんどん通り過ぎていく。

 

何か。なにか言え!誰かの必死の命令。

喉元まで出ていた、「いつか良くなる」という励まし

 

それを言えるのか?現在無職引きこもりのお前に。

子供の最も恐れている親のすねかじりと化したお前が

見えない未来に期待を持たせるのは、無責任すぎるだろ。

 

かける言葉を見つけられなかった。

 

その子が視界から姿を消したところで目が覚めた。

あれは僕だった。16歳の

 

あれから10年もたっているのに、なにも成長していない。

普通なら、大丈夫だ。俺を見ろ。いい事は必ずある。と励ますべき

場面なのに・・・・

 

ご趣味は・・・

あなたに、聞きたい事があります。

好きな映画はありますか?音楽は?漫画は?ゲームは?

言っとくけど、僕はモンハンの2ndg PSPの奴で銀リオレウス(金冠サイズ)

をハンマーのソロで倒した2落ち時間切れ寸前ってのはナイショ。

男。モンハンは得意だ。PSPがあるのなら。

僕らは、お互いの名前も、顔も知らない。

考え方も違う。これはねーわ。と思う事もあるだろう。

でも、話をしたい。

 

ただ、スポーツになると、どうしようもない。僕は運動音痴だ。

特に球技。蹴っても投げてもボールはまっすぐ飛ばないし

凡フライすら取れた試しはない。

もちろん打つのもダメ。

バッティングセンターに一人で行ったけど、30球近く打って

バットにボールがかすりもしなかった。

 

 

なぜこんな事を書いたのか自分でもわからない。

ただ、あのスクリーンに

絶望を打ち込んでいる人たちを見て

僕に浮かんだのは、こんな不謹慎な考えだけだった。

 

単なるゴミが勝手にシンパシーを感じただけかもしれない。

あの日僕にはもてなかった勇気を出した人たちをヒーローだと

思ったのかもしれない。

 

嫌味ととられるかもしれない、それでも

憧れの存在に近づきたいのは、当然の事だろ?

 

 

 

完全なコミュ症の生きられる世界など存在しない

SNSも現実も同じ。

同じくニートの方の書いているブログで、はてブやスターをつけると

売名行為にとられそうなので、つけられない。という意見を見た。

*1

 

意外だった。彼の記事は社会への愚痴や不満ではなく

純粋に人を楽しませようという内容。

これに限らず、はてなブログ、には、ニートやコミュ症*2

であるにもかかわらず、世辞や会話力に優れた人が多い。

割り切って考えていると思っていた。

ネットの繋がり。といっても、モニターの前にいるのは人間である。

ある程度ご機嫌伺いのスキルを必要とするのは当然。

 

上下関係

昔、ブロガーは芸人のような物と聞いた。

みなさんご存知のように、今はテレビで見ない日はない売れっ子も

番組スタッフへの挨拶、先輩芸人の楽屋や

引越しの手伝い、深夜に呼び出されて飲みにいく。てのは

序の口で、知り合いの女の子を集めて合コンのセッティング etc・・・

必死で気に入られ、チャンスを得て舞台に上がっている。

 

プロですら、血のにじむ努力をしているのである。

ライターを目指している。とか、文学部の学生でもない

ただの人間、まして、無職の書く文章。

無条件で一体どこの誰に気に入られる。というのだ?

 

時々、ニートにブログを書かせようとする人を見かける。

ブログを書けば、小銭を稼げる。

確かに、毎日ひたすら更新し続ければ、500円くらいなら稼げない事もない。

額が適当かどうかはさておいて。

 

 ある意味、貧困ビジネス

ブログを始めさせる側には、収益が発生する。

もちろん、儲けを発生させるのなら、もっとお手軽な方法もある。

それを除外するなら、お手軽な貧困ビジネス。といえよう。

 

かといって、彼らを責めるのはおかと違いである。

やるか否かは、本人の自由だし、もし書き始めたとして

成果を出せなかったとしても、それは、自分の文章力のなさが原因。

 

それに、この世には、ニート非正規雇用うつ病患者を狙った

たちの悪い詐欺まがいの行為が、平然と口を開けて待っている。

それと、比べたら、いや、比べるべくもない。

 

そもそも、ニートというのは、通常、忌むべき存在だ。

忘れないでほしい。あなたは、社会のゴミであり

優しい言葉をかけられただけ奇跡なのだ。と

 

 

ファイトクラブ繋がり

最初に書いたブロガーの方の「ブログを始めた理由」は

はてなの人気ブロガー「自由ネコブログ」さん。僕と同じだ。

僕の好きな映画、「ファイトクラブ」が同氏の記事で紹介されており

 

 溢れるばかりの「ファイトクラブ」愛に僕は感動を覚えた。

gattolibero.hatenablog.com

 

そこから、ブログを勧める記事に辿りついた。

そもそも、彼の記憶に僕の面影を見つけられるかも疑わしく

僕も信者ではないし

書いているのは、赤の他人。

ちがうんじゃない?という思想の食い違いを感じる記事もある。

それはご本人も承知の上だろう。「俺を崇拝するな」という内容の注意書き

ともとれる文もあった。

 

彼の書きたい主旨を僕は、「妥協点を見つけろ」だと理解している。

 

3次元世界での付き合いはできなくても、2次元の顔も名前も知らなくていい

関係なら、なんとかなるだろ?と

ここで踏みとどまれなかったら本当に終わりだぞ。

誰とも関わらず、誰の機嫌もとらずに成功できる人間など

いるはずもない。

 

ブログはニート最後の防波堤という訳だ。

 

 お詫び

はてなの機能をディスっているようで、このゴミブログを読者登録して

くださっている人気ブロガーの皆さんには、不愉快な思いをさせてしまったかも

しれない。

 

こんなカスを気にとめる。とは思っていない。しかし、断っておかないと

不安で夜も眠れない。

 

僕も売名で記事を書いた訳ではないので、言及してほしくないし

ましてや、反論記事なんて間違っても作らないで頂きたい。

こんなダンゴ虫を踏み潰して悦に浸っても、何も残りはしないだろう。

 

特に自由ネコさんとは、反目するような事柄しかつづっておらず

腹を立たせてしまったのは間違いない。しかし、そこはおおめに見る。

という事で手打ちにしてください。

 

他人といっても

彼の記事に自分の心を言われているのか?と錯覚をさせられるのも少なくない

だからこそ、誰からも見捨てられたクズに差し伸べられた光。という

幻想にすがりたい。

 

 考えすぎてもしょうがない

ブクマやスターを迷っている人に言いたいのは勘ぐっても何にもならない。

という事。

僕も全くためにならなかったり、まるで共感できない記事に、ブクマやスターを

つけるガッツはない。

これらは本来、ブロガーをつなげるための物であり、他のブロガーさんと

交流する事で、僕のようなゴミにも、友達と呼べる存在と出会えた。

彼らの心の奥など、覗けはしなくとも

ブログを始めてみて、まるで無駄だった。とは思わない。

金にはならなかったけど、お金で買えない物をてにいれた。

たとえ虚構だったとしても、構わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:無論、それだけのツールではないけど・・・

*2:それも、共感を得て読者数を増やそうとする戦略である可能性を捨てきれないが。

なぜ人は老害とかしてしまうのか。

人生は年をとるほど辛くなる。

新学期を迎えたくない。という学生。

ポジティブな理由ではないなら、この世からの退場を勧める。

なぜなら学校とは現代社会のモデルケースであり、そこで躓いたなら

巻き返しはほぼ不可能。

前記事でも

 

senbeibj59634hu.hatenablog.com

 と書いた通り、人は変われない。

バカな奴らはただ年を喰うだけ。

精神は改善せず、いじめはパワハラと名を変えるだけで、あなたを苦しめ続ける。

 

曖昧な寛容ほど残酷な物はない。 

彼らは真綿で首を絞めている事に気づいていない。

未成年のひきこもりは見過ごされるけど、そのまま成人してしまうと

「自己責任」の名の元に親からの攻撃が始まる。

彼らはわかってない。少し休めばきっと良くなるだろう。という楽観。

「時間」が心の傷を癒す事など、ない。

自分の欠点は生涯引きずるしかない。

もし、それ意外の方法があるなら、ぜひ教えてください。

 

 こんな記事を鵜呑みにして、自殺するような生徒はいない。はず。

万一、実行するとして、間違っても

「センベイのブログに、◯ねって書いてあったんです。」

などと、ノートに書き残すのはやめていただきたい。

己の人生。責任をもって、歩んでください。

 

老害を貶しておいて、語るのは同じ、自己責任論。

僕も組織の若返りを遠ざけるガンになるのは避けられなかった。

嫌でも集めざるをえなかった、偏見という名のコレクション。

それを見せびらかしたい欲求はなくせない。

 私の事はほっといて。

ショッピングモールのイートインコーナー。

長時間いても怒られず、冷房も効いてるし熱中症の心配もなく

外を見渡せて、風景を映すには申し分ない。

探し周って見つけたベストプレイス。

 

窓から見えるビルを夢中で書いていたら

ジジィに話しかけられた。

最初はたわいない世間話だったけど、どうやら、ジジィには

絵の心得があるらしく

 

「個展をもった事もある」とか

「自分の絵は何万で売れた」とか次第に自慢になっていった。

 

僕は「へぇーすごいっすね。」ぐらいの返ししかできなかった。

僕の言葉の調子から怒りや苛立ちを感じ取ったのかもしれない。

次第にジジィは僕のスケッチブックに興味を持ち始め、「見せろ」

と言い出した。

 

嫌な予感がした。

「いや、僕のは、趣味なんで」

「人に見せるような物じゃないんで」と断ったけど

あまりにごねるので、仕方なく見せた。

案の定、ページをめくるたびに、表情が曇っていく。

数ページ見た後、ジジィは口を開いた。

「これは、お金になるような絵じゃないねぇ」

 

「求められるような絵が描けなかったら結局、自己満足になっちゃう」

 

うん。今までの会話で察っしろよ。

お前の処理速度は初期ファミコン以下か。

それとも、

「粗茶ですが。」と出されたら

「本当にまずいっすね」とでも返すタイプなのか。

まさかはっきりと宣言しろ。とでも?

 

ニートの暇つぶしです。ほっといてください」

 

数十分、僕のオ◯ニーを見続けた

特殊性癖の持ち主は

 

「時々来るから」と言い残し、去っていった。

 

二度と顔を合わせたくない。

やっと見つけた安住の地を失った瞬間。

記憶の隅からフラッシュバックした。

 

5時限目の前の中休み、自由帳にポケモンを模写していた。

別に見せびらかすしたりしたことはない。

自分の小さな世界で楽しめればよかった。

 

ある日、不意に、「センベイくん。絵うまくね」と話しかけてきた同級生。

それは噂になり、隣のクラスにいた

クラス委員もしている絵心のある奴に見せる事になった。

 

「これは、模写だね。パクリ。ただコピーしてるだけ。」

それから、僕はパクった絵を自慢してるクズという共通認識がクラスじゅうで

広まり、一週間ほどハゴにされた。

もちろん、最初に話しかけてきた奴も含めて。

それ以来、僕は絵を描かなくなった。

そもそも、「何かを見ないで絵を描く」なんてした試しはない。

 

向いてないのだろう。僕は絵描きになれない。

 食事に手を抜くのは、おごりなのか? 

 ハモ?鯛?具の名前は忘れたけど、若者の食事への無関心を煽って

ジジィが炎上したのは記憶に新しい。

 どのような思惑をもってそんな発言をしたか。は本人しかわからない。

案の定、彼のツイートは炎上し、数時間後謝罪する事態に。

 

これに限らず、最近、若者の悩みを解決します。みたいな老人を

SNS上でごく稀に見かけるけど、あれはどうだろうか?

 

同世代でもない限り、若者の葛藤を理解する事などできはしない。

これを書いている本人ですら、昨今の子供の心は理解できない。

10歳程度の差ですら、高い壁を感じるのに

80代では・・・。

 

結局、他人の言葉など、あてにはできない。

少なくとも、こんなゴミブログなど聞く耳を持ってはいけない。

 

言われなくてもわかってるよね。

あなたはあなたの道を見つけるしかない。

 

 

 20代後半で思考停止したガンでも

引きこもった殻の中で、世界中の幸せを願っている。

 

 

ミサイルを飛ばすのは、承認欲求からなのだろうか。

小さい頃、特番でノストラダムスや、◯◯年地球滅亡の類を見るたび

人類の終焉を怖がっていた。ガキには社会の厳しさなど考えも及ばない。

明日なんて来なければいい。なんて願うのは、成長の証か?

何度か書いたな。

 

「僕らは自分の命に始末をつける勇気を持てない。かといって

自分だけ消えるのもさびしい。だから人類の滅亡を祈っている」

 

なるほど、大人になった。どころか、精神は退行してしまったようだ。

いや、世界の終わりなど、架空の出来事。

まさか青ざめる日を迎えるなんて思っていなかった。

 

某国のミサイルが日本上空を飛行した。というニュース。

世相に興味のない僕でも、SNSやワイドショーを見れば

大筋は理解できる。

皆の心は不安でいっぱい。不安は大衆の「見たい」を呼ぶ。

これ幸いとばかり、

机いっぱいに軍事評論家を並べ

今回の飛翔体についてのうんちくを披露している姿を見て

僕は、amazarashiのミサイルを思い出していた。

ミサイル

ミサイル

  • amazarashi
  • ロック
  • ¥250

 いつもならyoutubeのPVを貼る所だけど、残念ながらアルバムのみの収録曲であり

フルは流せない。

なに、こいつ。金儲け考え出したの?

という他人のために断ると、

別にここで購入しなくても、アルバムをレンタルすれば

7曲入りでもっと安く済む。

 

ヘビロテしているのは、「ジェブナイル」と「性善説

PVのある歌なので、検索してみればいい。

一曲目「風に流離い」の挑戦者を奮い立たせているような

メロディーもいい。

 

 達観。

話をミサイルに戻そう。僕には今このときの緊急事態すら他人事。

歌詞に

「人生を俯瞰でしか感じられない僕らの日常を、すれすれにかすめて

ミサイルが飛んで行った」

 

と表現している。

結局、終末など起きる訳ない。と見くびってるのか。

いや、終わってもいいや。と達観しているかもしれない。

しかし、脅威が目前に迫ってくるにつれて、焦り出しているのも事実。

 

ご親切に死神が向こうからやってきたのだ。

今更なにを怖がる?失う物などない。

僕らの自由とは?

やはり「 ミサイル」の中で

僕らの自由とは?と問う部分。

平和主義、芸術、リストカット

そこから、

「全ての他人に認められたくて、全ての他人を憎んだりする。」

 僕らの自由とは?

心療内科で、承認欲求

「全ての他人に優しくされたくて、傷ついたふりをしてみたりする」

と続く。二十歳過ぎて社会の底辺ですねているゴミには

ぐうの根もでない正論。

ただ、当てはまるのはニートだけだろうか?

これは、挑発でしか国際社会の目を引けない某国、そして独裁者にも

当てはまるのではないか。

 

世界から孤立し、経済制裁を受け、貧困にあえいでも

駄々をこねた子供のような態度しかとれない。

 

「俺を見捨てたら、お前らも道連れだぞ」

ある意味、この世の終わりを願う奴と近いかもしれない。

 

いずれにしても、僕には浅い眠りがミサイル警報で覚めない事を

望むしかないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は変われない。人生にあるのは妥協と回帰だけ。

「三つ子の魂百まで」

昔から伝えられているとおり、生まれ持った性格を変えたり

その性分で決まる生き方を改める事はできない。

 

「人は変われる」という言い回しは、残念ながら空想の中だけのお話。

 

 大概の若者は認めようとせず

「こんなものじゃない」と洗脳

成長を促す社会に鞭うたれ、無駄な努力を続ける。

しかし、身も心も老いていくうちに

「こんなもの」という真実を受け入れざる負えなくなる。

 

自分のちっぽけさに抗う事に疲れ、まぁ、幸せだったな。

と頭に刷り込んで折り合いをつけるのだ。

現実に逆らうのも、疲れる。

戦い続けられるのは、本当に一部の人だけ。

 

 

逃げ場なんてないよ。

利き手の突っ張るような痛みで目を覚ました。

関節を伸ばしたままにしていれば自然と引いていく。はずだったのに

僕のチンケな知恵袋は大外れで、一日中、つった二の腕に悩まされた。

 

原因はわかってる。昨晩、腕の力だけで思い通りに線を引く練習をした後

腕立てなんてメニューは軟弱な関節には耐えられなかった。

 

絵を書くのは楽しい。でも趣味の範囲でおさなきゃ。

ひたすら写真や風景を写しているだけで

現状から逃げ出していたツケを払わされる。

湿布を貼ろうと箱を開けても、中身は空っぽ。

新品を買う金すらない。

 

「止まって、もう一度じっくりと考えろ。こんな怠けた生活をいつまで続ける?」

 

 

忠告ありがとう神様。ただ、どうせなら妙案を出せるIQをください。

いくらフリスクを食べても、ナイスアイディアなど浮かばない。

 それとも、それだけは。と否定してきた

「死ぬ」という選択こそ、最適解だとでも?

 

そんな事をばかりが頭を回って、疲れてしまった。

 

 

「疲れた」?

また言われるぞ。

 

「世の中にはお前なんかより頑張っている人がたくさんいるのに

お前ごときが、愚痴を吐くとは、何事か!」

 

サービス残業でクタクタのサラリーマンの気持ち察しろよ!

甘えるんじゃねぇ!」

 

「ダメダメダメ!諦めたら!周りのこと思えよ、応援してる人たちのこと
思ってみろって!あともうちょっとのところなんだから!」

 

テニスコーチ。あなたは残暑すぎるまで国外にいてくれ。

 

どこに行けば、安寧を得られるのだろう。熟睡できる場所はどこ。

過労死すれば認めてもらえるかも。

やはり、幸せは雲の上にしかないのか。

 

変わろうとしたんだ。必死で。

常人からしたら、大した努力に見えない。

それもまとめて、限界なのだろう。

 本当の自分

なにやら不満そうだね。そんな事はない。という顔をしている。

なぜなら君は「これは本当の自分ではない」と知っているから。

常識に接しているうちに、心の奥に閉じ込めて、忘れたふりをしているだけさ。

 

人は変われない。

このままじゃいけない。変わりたいと願うのは

元々持っていた物をなくしていないサイン。

ならできないわけはないね。

 

何かを変える事ができるのは

他人にどれだけ正論を言われても

「何か違う」と叫ぶ声がある人なのだから。